作者:ぶきっちょ
僕は超・人見知りだ。
どれくらい人見知りかと言うと、クラス替えから一週間経っても、新しいクラスメイトと全然仲良くなれないくらいだ。
そういうわけで、高校2年生の今、僕はクラス内でほとんどしゃべる人がいない。
中学からの友達であるコウキがいなければ、完全にぼっちだ。
あいつは僕とは正反対で、愛嬌があって誰にでも好かれ、コミュニケーション力もばっちり。同じ人間でこうも違うとは、不公平すぎる。
「僕もあいつみたいになりたい…」
帰宅部の僕は、夕暮れの河川敷に寝そべりながら、ぼうっと景色を眺めていた。
その時だった。
「お呼びかい?」
突然頭の上から声を掛けられ、驚いて飛び起きる。
そこには、白髪の小さな老婆が立っていた。
「お呼びかい?」
老婆はつぶらな目を光らせて、もう一度言った。
「え…、いや…あの…」
僕は何も言えず、ひたすらオドオドとしてしまう。
「…この薬をあげよう」
そう言っておもむろに差し出されたのは、小さな瓶。
「これは、『人見知りが治る薬』じゃ」
「…人見知りが治る薬…?」
わけがわからないまま、一応受け取る。
手のひらサイズの透明な瓶の中に、黄色い錠剤が何個も入っている。
「1錠につき、効果は1時間。なくなったら、またここに来なされ」
顔を上げると、老婆の姿はもうなかった。
*
翌日。
学校のトイレで、僕は思い切って錠剤を1粒飲んでみた。
半信半疑だけれど、好奇心が勝ったのだ。
飲み込んだけれど、これといって変化は感じない。
「やっぱりただの悪戯か…?」
だがそれは、僕の勘違いだった。
効果は、僕が教室に戻ったとたんに現れた。
教室の奥で、コウキが新しいクラスメイトの女子と楽しそうにしゃべっている。
名前は確か、長岡さん。クラスでも明るくて元気なタイプだ。
普段ならそれを見て、僕は自分の席で大人しくしているのだが――
でも今は違った。
足が勝手にコウキたちの方へ向かい、自分から声を掛けていた。
「よう。なんの話してるの?」
自然と話掛けてきた僕にちょっと驚きながら、コウキが教えてくれる。
「漫画の話だよ。ほら、この前映画化した――」
「ああ、進撃の小人な」
「そうそう」
「山内くんも、好きなの?」
長岡さんが聞いてくる。
「うん、好きだよ。毎回発売日に買ってるくらい」
「え!じゃあ最新刊も持ってる?」
「持ってるよ。よかったら、貸そうか?」
「わーい!」
長岡さんが嬉しそうに笑う。
ああ僕は今、新しいクラスメイトと楽しく話をしている。
味わったことのない高揚感が、身を包んだ。
その日の帰り道。
僕はまた河川敷にいた。
もしまた老婆に会えたら、お礼を言おうと思ったのだ。
でも、どこにも姿は見当たらない。
その代わりに、見覚えのある後ろ姿を見かけた。
そろそろ薬の効果が切れてくる時間のため、薬を一錠飲み込んでから話しかける。
「長岡さん?」
「あ、山内くん」
振り返った長岡さんが、僕を見つけてにっこりと笑いかける。
なんだか、胸がドキドキした。
「こんなところで、何してるの?」
ドキドキしながらも、普通に話すことができるのがこの薬の素晴らしいところだ。
「ちょっと、夕日が綺麗だなーと思って見てただけ」
気恥ずかしそうに答える、長岡さん。
「僕も、ここでたまに夕日見たりするよ。綺麗だよね」
同意してみせると、彼女は嬉しそうな表情になった。
ついに僕にも、人並みの青春を送れるときがきたのかもしれない。
そう確信し、ふと長岡さんの手元に目線を移したときだった。
…彼女の手には、黄色い錠剤の入った小さな瓶が握られている。
――あ。
そういえば、と僕は思った。
コウキのやつ、昔からラムネみたいなお菓子をよく食べてたな。
最近も、鞄から何かを口に入れているのを見かけることがある。
「どうしたの、山内くん?」
長岡さんが、急に黙り込んだ僕を怪訝そうな顔でのぞき込んでくる。
「ううん、何でもないよ。途中まで、一緒に帰らない?」
「いいよ」
微笑む長岡さんの顔を見ながら、僕は思う。
だからって別に、何の問題もないじゃないか、と。