人見知りが治る薬

↑「あとで」は、しおり代わりに使えるよ↑

作者:ぶきっちょ

 


 

 僕は超・人見知りだ。

 どれくらい人見知りかと言うと、クラス替えから一週間経っても、新しいクラスメイトと全然仲良くなれないくらいだ。

 そういうわけで、高校2年生の今、僕はクラス内でほとんどしゃべる人がいない。

 中学からの友達であるコウキがいなければ、完全にぼっちだ。

 あいつは僕とは正反対で、愛嬌があって誰にでも好かれ、コミュニケーション力もばっちり。同じ人間でこうも違うとは、不公平すぎる。

「僕もあいつみたいになりたい…」

 帰宅部の僕は、夕暮れの河川敷に寝そべりながら、ぼうっと景色を眺めていた。

 その時だった。

「お呼びかい?」

 突然頭の上から声を掛けられ、驚いて飛び起きる。

 そこには、白髪の小さな老婆が立っていた。

「お呼びかい?」

 老婆はつぶらな目を光らせて、もう一度言った。

「え…、いや…あの…」

 僕は何も言えず、ひたすらオドオドとしてしまう。

「…この薬をあげよう」

 そう言っておもむろに差し出されたのは、小さな瓶。

「これは、『人見知りが治る薬』じゃ」

「…人見知りが治る薬…?」

 わけがわからないまま、一応受け取る。

 手のひらサイズの透明な瓶の中に、黄色い錠剤が何個も入っている。

「1錠につき、効果は1時間。なくなったら、またここに来なされ」

 顔を上げると、老婆の姿はもうなかった。

 翌日。

 学校のトイレで、僕は思い切って錠剤を1粒飲んでみた。

 半信半疑だけれど、好奇心が勝ったのだ。

 飲み込んだけれど、これといって変化は感じない。

「やっぱりただの悪戯か…?」

 だがそれは、僕の勘違いだった。

 効果は、僕が教室に戻ったとたんに現れた。

 教室の奥で、コウキが新しいクラスメイトの女子と楽しそうにしゃべっている。

 名前は確か、長岡さん。クラスでも明るくて元気なタイプだ。

 普段ならそれを見て、僕は自分の席で大人しくしているのだが――

 でも今は違った。

 足が勝手にコウキたちの方へ向かい、自分から声を掛けていた。

「よう。なんの話してるの?」

 自然と話掛けてきた僕にちょっと驚きながら、コウキが教えてくれる。

「漫画の話だよ。ほら、この前映画化した――」

「ああ、進撃の小人な」

「そうそう」

「山内くんも、好きなの?」

 長岡さんが聞いてくる。

「うん、好きだよ。毎回発売日に買ってるくらい」

「え!じゃあ最新刊も持ってる?」

「持ってるよ。よかったら、貸そうか?」

「わーい!」

 長岡さんが嬉しそうに笑う。

 ああ僕は今、新しいクラスメイトと楽しく話をしている。

 味わったことのない高揚感が、身を包んだ。

 

 その日の帰り道。

 僕はまた河川敷にいた。

 もしまた老婆に会えたら、お礼を言おうと思ったのだ。

 でも、どこにも姿は見当たらない。

 その代わりに、見覚えのある後ろ姿を見かけた。

 そろそろ薬の効果が切れてくる時間のため、薬を一錠飲み込んでから話しかける。

「長岡さん?」

「あ、山内くん」

 振り返った長岡さんが、僕を見つけてにっこりと笑いかける。

 なんだか、胸がドキドキした。

「こんなところで、何してるの?」

 ドキドキしながらも、普通に話すことができるのがこの薬の素晴らしいところだ。

「ちょっと、夕日が綺麗だなーと思って見てただけ」

 気恥ずかしそうに答える、長岡さん。

「僕も、ここでたまに夕日見たりするよ。綺麗だよね」

 同意してみせると、彼女は嬉しそうな表情になった。

 ついに僕にも、人並みの青春を送れるときがきたのかもしれない。

 そう確信し、ふと長岡さんの手元に目線を移したときだった。

 …彼女の手には、黄色い錠剤の入った小さな瓶が握られている。

――あ。

 そういえば、と僕は思った。

 コウキのやつ、昔からラムネみたいなお菓子をよく食べてたな。

 最近も、鞄から何かを口に入れているのを見かけることがある。

「どうしたの、山内くん?」

 長岡さんが、急に黙り込んだ僕を怪訝そうな顔でのぞき込んでくる。

「ううん、何でもないよ。途中まで、一緒に帰らない?」

「いいよ」

 微笑む長岡さんの顔を見ながら、僕は思う。

 だからって別に、何の問題もないじゃないか、と。

作品は著作権で保護されています。

\ シェアしよう /