余命10年

↑「あとで」は、しおり代わりに使えるよ↑

作者:ぶきっちょ

 


 

「あなたの余命は、あと10年です」

 そう告げられた瞬間、時の流れが止まったような気がした。

 夢なんじゃないか、と思った。

 でも、いつまでたっても目が覚めない。

 病院を出て、家に帰っても。

 ベッドに寝転んで、ついには夜を迎えても。

 薄暗くて先の見えない、どろどろとした夢が続いている。

 ぐうう、という音が静かな部屋に響き渡った。

――こんなときでも、腹が減るのか。

 どうでもいいけど、と思った。

 大学を卒業して、働き始めてもうすぐ2年。

 仕事にも慣れて、これからってときに。

 思わず、握った拳を壁に叩きつける。

 間髪入れず、隣人から倍くらいの強さで壁を叩き返される。

「…もう、どうなってもいいや」


 
 僕は今、無人島にいる。

 どうせ死ぬなら、と、1度やってみたかったことをやることにしたのだ。

 美女を集め、島を貸し切り、思い切りバカンスをする。

 仕事なんてすぐに辞めてしまった。

 しばらくは貯金があるし、足りなくなったら借金すればいい。

 どうせ死ぬのだから。

 …とはいえ、これがそこまで面白くない。

 美女たちはワガママし放題だし、貸し切った島も1時間もいたら飽きてしまう。

 結局僕は、静かなビーチを見つけ、いかだボートの上でひとりプカプカと浮かんでいた。

 そしていつの間にか寝てしまい――

 気がつくと、大海原の真ん中にいた。

 島は、もうどこにも見えない。

 代わりに見えるのは、ボートを囲むように浮かぶ、無数の三角のヒレ。

「まさか…」

 焦って態勢を崩した僕は、自らサメの群れに飛び込む形で海に放り出された。

 目が覚めると、そこは病院だった。

「松井さん、気がついたんですね」

 ナースが優しく声をかけてくる。

「あれ、僕は一体――」

「海で遭難状態だったところを、救助されたんですよ。怪我は大したことありませんが、念のためまだ安静にしてくださいね」

 そう言われ、記憶をたどる。

 サメの大群に襲われ、恐ろしいことになったはずなのだが――細かい部分が思い出せない。

 覚えているのは、傷を負いながらも、必死にボートにしがみついていたことと、救助隊員の頼もしい姿くらいだ。
 
 結局、病院は2日で退院となったのだが…変な気分だった。

 どうせ死ぬのに、生き延びてしまった。

「死んでしまう」という恐怖を、これからも味わっていかなければいけない。

 なんだかそれが、今もっとも嫌なことに思える。

 …気がつくと、病院の屋上へと足を運んでいた。

 不思議と迷いはなかった。

 柵を越え、僕は恐怖のない世界へと一歩を踏み出した。

 目が覚めると、そこは病院だった。

「松井さん、気がついたんですね」

 ナースが優しく声をかけてくる。

「あれ、僕は一体――」

 体は少し痛むものの、普通に動いた。

「…先生からあなたに、お話があるみたいです」

 個室に通された僕を待っていたのは、1か月前に余命を宣告してきたあの医者だった。

「お久しぶりですね」

 言葉は柔らかいが、あいかわらずの無表情っぷりだ。

「あなた、自分で飛び降りたでしょう」

「そうですけど」

 僕は反抗期の子どものように、そっけなく返す。

「宣告の意味が通じていなかったようですね。あなたはあと10年生きるんですよ」

「…はい?」

 医者が何を言おうとしているのか、まだよくわからない。

「細かく言えば、あと9年と11か月ですが」

 無言で怪訝そうな表情をしていると、医者は続けた。

「あなたの病気は、『あと10年死ねない病』です」

 『余命10年』は、10年は確実に生きられるという宣告だった。

 少し事情が変わったが、10年で死ぬことに変わりはない。

 でも――この余命、どう使おうか。この、10年は死ねない命を。

 バカンス?…いや、そんなの虚しいだけだ。

 ふと、海で助けてくれた救助隊の姿を思い出す。

 命がけで、僕を助けてくれた彼らの雄姿。

 薄暗かった世界に、淡い光が見えた気がした。

作品は著作権で保護されています。

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