そばにいること

↑「あとで」は、しおり代わりに使えるよ↑

作者:遠坂 絵美

 


 

 気づいたらタカくんはわたしのそばにいて、それがあたりまえになっていた。

 それは小学六年生のある冬の日の夕方のことだった。ランドセルをしょったわたしの肩をタカくんがぽんっとたたいた。わたしがふりむくとにやりと笑う。

「ようカナ、どうせ今日もひとりだろ? しかたないからおれが家まで送ってやるよ」
「タカくんってばひどいな、わたしにだってともだちくらいいるよ」
「ふうん?」

 タカくんが首をかしげた。男子といっしょに帰るのがどんなに照れくさいか、タカくんは知らないんだ。わたしははずかしくなって言い返した。

「今日はフミちゃんといっしょに帰るから。タカくんもだれか男子と帰りなよ」
「……はいはーいっと」

 なんだか少し暗い声でぼそっと言うと、タカくんはひらひらと手をふって教室から出ていってしまった。なんとなく悪いことをしちゃったような気持ちになる。でもタカくんのことだからだいじょうぶ、わたしは理由もなくそう思って、フミちゃんの机にむかった。

 

 気づいたらタカくんはわたしのそばにいて、それがあたりまえになっていた。だから、わたしはわかっていなかったんだ。それがどんなに大切なことだったのか。

 その日から、タカくんと一緒にいる時間が少しずつ、少しずつ、短くなっていった。
 そしてそのまま卒業式が終わって、春休みのとある日曜日。なんとなく近所のタカくんの家の前を通りかかったら、大きなトラックが停まっているのが目に入った。大きなダンボール箱をつんでいく、おじさんとおばさんと、タカくん。

「タカくん……?」
「……カナ」

 わたしの声に気づいて、タカくんはとぼとぼとこっちに歩いてきた。わたしから少しはなれた手前に止まって、困ったような顔で、へへっと笑う。

「引っ越すことになってさ」
「聞いてないよ、そんなの」
「言ってないもん」
「…………」

 話してくれたってよかったのに。わたしがだまってにらむと、タカくんはまいった、というように両手をあげた。

「ごめんって。話すよ」

 冬くらいに引っ越しの話が出た、言いたかったけどチャンスをずっとみつけられなかったんだ、というタカくんの話を聞いて、わたしはあの日のことを思い出した。少し悲しそうにしていた、タカくんの顔と声。

「……わたしこそ、ごめん」
「べつに、いいよ」
「また、会える?」
「…………」

 今度はタカくんがだまってしまった。しばらく二人ともだまったままじっと立っていたら、おばさんがタカくんのことを呼んだ。

「じゃあ、そろそろ行かないとだから」
「……うん」
「またな、カナ」
「こういうときは『さようなら』じゃないの?」
「それじゃなんかさみしいから。また」

 強がって言うけどちょっと鼻水をすすっているのがタカくんらしくて、わたしはふふっと笑う。小指を立ててタカくんにさしだした。

「うん、じゃあ、またね。約束だよ?」
「うん、約束」

 ちょっとだけ小指どうしをさわらせただけでタカくんはむこうへ行ってしまう。わたしはその小指を左手でぎゅっとにぎって、トラックに背中をむけた。

 気づいたらタカくんはわたしのそばにいて、それがあたりまえになっていた。そしてタカくんがわたしのそばにいない時間も、気づいたらそれがあたりまえになってしまっていた。

 あっというまに時間はすぎて、わたしは大人になっていた。それなりに好きな人もできたし、ともだちだってたくさんできたけれど、なんとなくさみしいような、ものたりないような、そんな気持ちがずっとしていた。それももう慣れっこになってしまったけれど。

 大人には春休みはない。冬の終わりかけのある日、わたしがせかせかと道を歩いていると、どこかで聞いたことのあるような声がした。

「……カナ?」

 わたしは思わず立ち止まる。くるっとふりかえって、きょろきょろと声のしたほうを見た。今のは、まさか。

「タカ、くん……?」

 人ごみの中で、一人、ぱっとうれしそうな顔になってこっちに走ってくる男の人がいた。こどものときに別れたきりだったのに、それがタカくんだってわかってしまうのがふしぎでたまらない。

 はあ、はあ、とあらく息をしながらわたしの前に来たタカくんは、にっこりと笑う。

「また、会えたな」
「……うん!」

 気づいたらタカくんはわたしのそばにいて、それがあたりまえになっていた。でもそれはあたりまえのようであたりまえじゃなくて、だから、タカくんはわたしにとっていちばん大事なんだ。

END.

作品は著作権で保護されています。

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