作者:ぶきっちょ
俺は昔から、決めたことを守り通さないと気が済まない主義だ。
もしできなかったら、恐ろしいことが起こる、と言う気がする。
そんな強迫観念めいたものを、小学生の頃からずっと抱えている。
そしてそれは、サラリーマンになった今も続いていた。
自分とのこの約束を破ったことは、一度もない。
恋愛でも、受験でも、「告白しよう」「絶対に受かろう」と、思ったことはすべて実行・実現させてきたのだ。
そんな俺の人生で今、最大の問題が起きている。
今朝俺がした決めごとは、
「今日は新しく購入したテレビで、ひたすら楽しく過ごす」
というものだ。
給料をはたいて購入した、80インチの超大型テレビ。
人気かつ最新モデルで、在庫が残り1つのところを運よく買うことができた。
そして、残業続きの果てにようやくたどり着いたこの休日を使って、大いに楽しんでやろうと決意したのだ。
それなのに――
肝心のテレビの電源が、なぜかつかない。
午前中に届いて、すぐに開封し接続をしてみたのだが、なぜかピクリとも反応しない。
色々と格闘した挙句、カスタマーサポートに連絡もしてみた。
しかし、
「大変申し訳ございません。すでに何件か不具合の報告が来ておりまして、お客様にご購入いただいた製品でも同じことが起きている可能性がございます」
と、本当に申し訳なさそうにオペレーターは答えた。
「え、じゃあ、どうすれば良いんですか」
「不具合のないものと交換させていただきます。できる限り迅速に行わせていただきますが、現在品切れ状態のため、ご迷惑をお掛けしますが1週間ほどお待ちいただくことに――」
「今日じゃないと駄目なんですよ!何とかなりませんか?」
「申し訳ございません……」
結局、テレビを見るためには1週間待たねばならなくなった。
それから、3時間。
俺はいまだに、頭を抱えていた。
――どうしよう。決めたことが実行できない。
もはやテレビを見られないという残念さよりも、決めごとができないという恐怖に包まれていた。
――決めてしまったから、やるしかないんだ。一体どうすれば…。
――そうだ!無理やり楽しめばいいんだ。
そう思い立った俺は、真っ暗な画面のテレビをそのままに、目の前にあるソファへと座った。
――要は、このテレビを使って、楽しく過ごせばいいわけだろ?
黒いテレビ画面を見つめ、以前見て面白かった映画を頭に思い浮かべる。
ひたすら、ぼーっと思い浮かべる。
……気がつくと、ウトウトとしていた。
――しまった!これでは寝てしまう。
想像で楽しさを補う作戦は、失敗に終わった。
眠気を覚ますために、自分の頬を打つ。
それが引き金となったのか、ふいに、破壊衝動に駆られた。
――自分が決めたことも守れないなんて…俺はなんてダメな人間なんだ。ああ、何かを思い切り壊したい。ハンマーで壊してはいけないものを壊したりしたら、楽しいんだろうなあ。
そんなこと考える俺の視界の中心には、100インチの超大型テレビがあった。
気がつくと、道具箱を取りに行っていた。
そしてハンマーを片手に、テレビの前に戻る。
腕を振り上げ、液晶画面の真ん中に、思い切り叩きつけた。
今までに聞いたことのない激しい破壊音が、部屋の中に響き渡る。
――やった。ついにやってしまった。次の給料までだいぶあるのに、給料をはたいて買った高価なテレビを、壊してしまった。
しかし、手は止まらなかった。
妙な高揚感が体を包む。
――やった。俺は今、このテレビで、楽しく過ごしているぞ。
液晶が見るも無残な状態になったため、今度は裏側にハンマーを叩きつける。
――今日もまた、決めごとを守れたぞ。
自分の体に飛び散る破片など、気にもならなかった。
俺はひたすら、テレビを破壊し続けた。
これでもう恐ろしいことは、起こらないはずだ。
完