作者:ぶきっちょ
最近、健太の様子がおかしい。
「変な声が聞こえるんだ」
と、ずっと言っている。
話によるとその声は、通学路にある廃墟の前を通るときに聞こえてくるらしい。
健太とは小1の頃から5年間友達だけど、冗談でこんなことを言う奴じゃない。
でも…。
「昨日一緒に帰ったとき、僕には何も聞こえなかったよ」
そう話す僕をまっすぐに見据えて、健太は首を横に振る。
「俺ははっきりと聞いた」
こんな調子で、声は健太だけに聞こえているようなのだ。
ただ、何と言っているかまではわからないらしい。
健太が行動に出たのは、その日の帰り道だった。
問題の廃墟は、僕と健太が別れる曲がり角のすぐ手前にある。
高い塀で囲われていて、入口から見える庭は草や木がぼうぼう。
窓ガラスも所々割れており、皆から「リアルお化け屋敷」なんて言われてる怖い家だ。
その前を、一緒に通りがかった時だった。
「…健太?」
突然健太が、敷地の中に入って行こうとしたのだ。
門は閉じられているため、塀の下部に空いた穴から、這いつくばるようにして体を中に入れている。
止める間もなく、健太の姿は塀の向こう側に消えてしまった。
「健太!何してるんだよ!」
呼びかけたが、返事はない。
それから5分くらいして、ようやく健太が穴から這い出てきた。
「大丈夫?どうしたの?」
心配する僕に、健太はどこかスッキリとしたような、落ち着いた表情で答える。
「何もなかった。声も、気のせいだったみたいだ」
*
3日後。
最近、僕の耳がおかしい。
変な声が聞こえる。
あの廃墟の前を通るたびに、はっきりとは聞き取れないけど確実に声が聞こえる。
不安になって同じ体験をしていた健太に相談したが、
「気のせいだから、大丈夫」
としか言ってくれない。
かといって他にわかってくれる人もいなさそうだし、頑張って気にしない様にしていた。
そんなある日のこと。
宿題を忘れて居残りをさせられ、夕方にひとりで帰ることになった。
いつもみたいに、廃墟の前を通り過ぎようとする。
「………て」
また、あの声が聞こえた。
「………きて」
くり返し、くり返し。
「こ…ち…きて」
それは、だんだんはっきりとしてきた。
「こっちに来て」
――行っちゃだめだ。
すぐに、そんな気がした。
でも。
あの時、健太もこの声を聞いたのだろうか?
庭に入ってみたら、何かわかるかもしれない。
この声を消せるのかもしれない。
そう考えた次の瞬間、吸い寄せられるかのように、僕は塀をくぐっていた。
這いつくばって、草が生い茂る庭へと体を押し入れる。
すると、地面についた僕の手の先に、人影が重なった。
はっとして見上げる。
目の前に、真っ黒な顔があった。
*
目が覚めると、僕は廃墟の庭に倒れていた。
――一体、何があったんだ…。
そう口に出そうとしたけど、モゴモゴとなってしまい、なぜか上手く言葉が話せない。
立ち上がることはできたが、足の裏が地面に張り付いてしまったかのようで、動かすこともできない。
――どうしちゃったんだろう。
自由にならない体に戸惑いながら、僕は、目の前にある潰れそうな廃墟の窓ガラスに目をやった。
そして…気がついてしまった。
窓ガラスに映る自分の姿が、真っ黒な人影になっていることに。
完