某遊園地のジェットコースター

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作画:chole(黄泉子)

 


 

霊感少女・黄泉子
とりゃっ。 あははっ。 黄泉子(よみこ)だよ。

ねえ、ジェットコースターは得意?

おいら、高いところが苦手だから、初めて乗ったジェットコースターは怖くて仕方なかったのを覚えてるよ。

 

これは、28ノベルだけで読むことができる怖い話です。2ちゃんねるのコピーではありません。

 

小学校の頃でした。皆勤賞を取ったお祝いに、ずっと行きたかった遊園地に連れて行ってもらったことがあります。

アトラクションの数も少なく、敷地も大きくない…今の子供たちからは見向きもされないような刺激の少ない遊園地です。

今でこそ千葉や大阪にある大型テーマパークに人気が集中していますが、僕が子供の頃はそういった都会のテーマパークは一生に一度行けるかどうかという時代です。

なので、僕が連れて行ってもらったような小規模な遊園地でも、子供達にとっては充分刺激の得られる素晴らしい娯楽施設でした。

アトラクションは観覧車、メリーゴーラウンド、お化け屋敷、ジェットコースター、コーヒーカップ、ゴーカートのサーキット…他にもいくつかありましたが、大体そんなものです。小動物や家畜に触れられるふれあい動物園なんてものもありました。

僕が連れて行ってもらったのは、春休みに入った最初の週。母は朝からお弁当を作りました。仕事ばかりだった父も、久し振りの家族サービスで気合が入っている様子だったのを覚えています。

当然ながら、僕は遊園地に行けるということが楽しみ過ぎてワクワクしていました。

生まれて初めてジェットコースターに乗れるのですから!

それまでは「危ないから」という理由で乗せてもらえませんでしたが、身長も伸び体重も増えて来た僕は、やっと絶叫マシーンに乗れる資格を得たのです。

憧れのジェットコースターへの期待に、僕は心を躍らせていました。

天気は晴天。絶好の行楽日和です。遊園地にはたくさんのカップルや家族連れが来ていました。

すべてのアトラクションを何度でも楽しむために、父は奮発して一日フリーパスを買ってくれました。僕と父はまずコーヒーカップに乗り、その後ゴーカートに乗りました。メリーゴーラウンドには乗りません。女の子やカップルばかりで恥ずかしかったからです。

母の作ってくれたお弁当を食べて、大人しめのアトラクションを楽しんだ後、いよいよ僕はジェットコースターに乗ることにしたのです。

この遊園地のジェットコースターは、猛スピードでトンネルを抜けて急降下することが売りになっていました。ゴール直前の急降下スポットにはカメラが設置してあり、そこで撮られた写真を800円で購入することができます。

アトラクション出口にある写真販売ブースには、撮られたポラロイド写真が並べられ、子供連れやカップルが記念に買っていきます。

それを見た父は、写真撮影サービスを気に入って

「これは良い記念になるな。お前が写っていたら是非買って帰ろう」

と言いました。

僕は絶対に面白い顔をしてやるか、思いっ切り笑ってやるか、カメラ目線になってやろうと思いました。

母は絶叫マシーンが嫌いなので、僕と父だけで乗ることにしました。

ジェットコースターの座席は2人並んで乗るもので、全部で20席ほどありました。

「ジェットコースターはな、一番前が良いとよく言うけど、本当は後ろの方が一番怖いんだ。前の席だと落ちるとか曲がるとか、コースが先に分かってしまってあまり怖くない。だけど、後ろならどんなコースなのかも見えないし、何より前の席よりもスピードが速く感じるんだ」

父が僕にそう教えてくれました。

後ろの席が怖いかどうか、感じ方は人それぞれだと思います。しかし、まだ子供だった僕はジェットコースターを楽しむための裏技を知ったような気がして、心が躍りました。

僕たち以外にジェットコースターに乗ったのは、8名です。みんな前の方の席に我先にと乗り込み、僕と父は後ろから2番目の席に座りました。

運転開始のベルが鳴り、ガタンと大きな音を立てて動き出します。

ガタンゴトン…ガタンゴトン…僅かに振動しながら、ジェットコースターはゆっくりと登って行きます。前に座っている乗客たちの頭が邪魔で、あとどれくらいで急降下するのか分かりません。その恐怖が僕の心を刺激していました。

頂上に着いた途端、加速しゴウッ…と風を切って急降下しました。重力に引っ張られ、体と内臓がふわっと無重力状態になって浮いた感覚が、僕にはとても気持ち良く感じました。

右へ左へ…上へ下へ…体が揺さぶられていきます。乗客たちのきゃあきゃあという黄色い悲鳴をあげていましたが、僕は安全バーにしがみつくのがやっとで、声を出せずにいました。

しかし、僕の耳には前から聞こえて来る声以外にも何かが耳に入って来ていました。

あぁぁ…あぁぁ…

それは後ろから聞こえて来ます。

乗客たちの悲鳴が風に乗って、前から後ろに流れてきているのか…隣に座る父の声か…

どちらでもありません。

僕のすぐ後ろの席…ジェットコースターの最後列から、呻きにも似た何かが、コースを走る轟音の中に混じって微かに耳に入って来るのです。

ちらりと振り向くと、そこには何もありません。ただ走って来たコースが広がっているだけです。

気のせいか…そう思っていると、ついに最後の山場であるトンネルに入りました。

そろそろ撮影ポイントだ!

カメラが設置してある場所を探そうと、トンネルの暗がりの中を見渡しました。その時…

ぎぃぃぃ…ぎぃぃぃ…!

歯ぎしりのような、不気味な声が突然耳に入り込みました。

人間の悲鳴…いいえ、まるで何か動物の鳴き声のような、搾り出すような気持ちの悪いものです。

それはやはり、後ろから聞こえて来る…

なんだ?“何が”いるんだ!?

ぞくり…と悪寒を感じた瞬間、ジェットコースターは急降下し、眩しいほどのフラッシュを目に受けて、僕は目を瞑ってしまいました。

眩しい!と思った時には、もう速度が落ちで発射した時と同じ乗車ホームに戻って来ていました。

係員に促され安全バーを外し、席から立って僕の後ろの席を盗み見ると…やはり僕と父の後ろの席には誰もいません。

あれは何だったんだろう…

楽しみにしていたジェットコースターのスリルとは違う恐怖を味わった僕は、心の底からジェットコースターを楽しんだとは言えない心境でした。

せめて記念品に写真を買ってもらおうと、アトラクション出口の写真販売ブースに行き、僕たちが写っている写真を探しました。

父は数ある中から素早くそれを見つけ、800円支払って写真を購入し、

「なかなかよく撮れているぞ。お前はよっぽど怖かったんだな。お母さんに似て絶叫マシーンは苦手かい?」

と笑いながら写真を見せてくれました。

写真には、満面の笑顔の父と、その横で驚いたように顔を強張らせている僕が写っていました。

そしてよく見ると、僕たちの後ろの席に、しわしわの手首が2つ写り込んでいます…

老人の手ではありません。まるで火事で焼け爛れたような、赤黒く変色した手がうっすらと…後ろの席の安全バーにそえられていたのです。

あぁ、あの声の主はやっぱりここにいたんだ…

その記念写真は、今も僕の実家に置いてあります。

残念ながらその遊園地自体は、僕が大人になった頃に経営不振により閉園してしまいました。

ジェットコースターの後ろの席から呻き声がするとか、心霊写真が撮れるとか、そんな噂もちらほら聞いたことがあります。

そのせいで潰れてしまったとは思いたくありませんね。

あの手の正体?それは…知らない方が良いんじゃないでしょうか。

知ってしまったら、ジェットコースターに乗るのが怖くなりますよ、きっと。

 

霊感少女・黄泉子
ええーーー。

ジェットコースターが、ますます怖くなっちゃったよー。

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作品は著作権で保護されています。

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