釣り上げた大物

↑「あとで」は、しおり代わりに使えるよ↑

  前:いない者

 


 

作画:chole(黄泉子)

 


 

霊感少女・黄泉子
とりゃっ。 あははっ。 黄泉子(よみこ)だよ。

釣りってしたことある?

おいらは公園の池で一回あるよ。

またやりたいな。

 

これは、28ノベルだけで読むことができる怖い話です。2ちゃんねるのコピーではありません。

 

祖父が住んでいたところは東北の海沿いで、新鮮な魚介類が安く食べられると言って観光客にも近年人気になっている場所です。

今はもう亡くなってしまった祖父ですが、僕が小さい頃はよく釣りに連れて行ってくれました。

祖父の知り合いの漁師に船を出してもらい、海釣りをするのが夏休みの楽しみでした。

日によって異なりますが、僕が子供のころはアジやタイがよく釣れました。もちろん何も釣れずボウズで終わる時もありましたが、

「釣りっていうのは魚を釣り上げるだけが楽しみじゃない。そうしている時間を味わうものだ。たまには太公望になるのもいいもんだ」

と祖父に言われました。

「太公望」は中国の古い時代の軍師で、魚の釣れない釣り竿を垂らして名君を待ったという人物です。

僕は魚ではなく名君を釣り上げたという経験はありませんが、奇妙なものを釣り上げたことがあります。

それは、僕が小学校5年生の夏休みのことでした。

毎年のように、僕は祖父と祖父の友人の漁師と一緒に船に乗り、沖まで出ました。天気は快晴。波も穏やかな釣り日和です。

今日はたくさん釣ってお刺身と天ぷらを食べようとワクワクして釣り竿を垂らしましたが、1時間経っても小魚しかかかりません。

祖父たちは慣れたもので、気長に釣れるのを待っていますが、僕は意気込んで船に乗った分気持ちが焦っていました。もっと大物が来てほしい!とイライラしながら海面を睨みつけました。

2時間が経過した頃、ようやく引っ掛かりました。雑魚を釣り上げた時とは違う手応えです。グイグイと引っ張る力強さに驚き、僕は大声で祖父を呼びました。

「おじいちゃん!大物が来た!」

興奮した僕の声に、微睡んでいた祖父がハッと立ち上がり、僕の後ろに回って一緒にリールを巻きます。

まるで実った稲穂のように釣り竿はしなり、折れてしまうのではないかと冷や冷やしました。

今までにない重さに、僕は興奮と同時に不安も胸によぎりました。

ある程度の重さと大きさのある魚がかかると、魚の激しい動きに翻弄されます。

しかし、この時の大物は大きく動くことなく、時々ぐい…ぐい…っと大きくゆっくりと動くだけだったのです。

なんだか、変だぞ…

そう頭の片隅で思いながら、祖父と一緒に釣り竿を握りしめます。

ギギギギ…と釣り竿が軋み出したその時、ふっと釣り糸を引く重さが消えました。反動で僕と祖父は尻もちをつきました。

あぁ、逃げられた!心の中で舌打ちをしながら巻き上げた釣り糸の先を見ると、何やら海藻の塊のようなものがぶら下がっていました。

ぶよぶよとした白いクラゲのようなものに、海藻がまとわりついたような、不思議な物体でした。

初めて見るものだと思い、僕は座り込んだままじっとそれを見つめていましたが、それは見慣れたものだと気付きハッと息を呑みました。

それは、水分を含んでふやけた人間の頭皮でした。

黒々とした髪の毛が海藻に見えたのです。人間の眉の辺りからずるりと剥がれたような頭皮は、よく見ると血管のようなものがうっすらと見えました。

謎の物体の正体に気付いた僕が言葉を失っていると、祖父が急いでそれを釣り針から取って海に投げ捨てました。

「引き上げて!引き上げて!」

祖父は船を操縦していた漁師に叫んで、急いで港へと船を進ませました。

その後僕は祖母の待つ家に帰りましたが、頭皮のことを口にするのは出来ませんでした。祖父と僕と漁師のおじさんとの3人だけの秘密になったのです。

しかし大人になった今、気になることがあります。

あの時、釣り糸をぐいぐいと引いていたのは、一体何だったんだろうと…

今思うと、誰かが釣り糸をよじ登ってきているような、そんな感触がありました。

もしかしたら、あの頭皮の主が海から出ようとしていたのかもしれません。

 

霊感少女・黄泉子
うっ。

こんな話聴いちゃったら、釣りできないよっ……

  前:いない者

  次:雪かきの音

作品は著作権で保護されています。

\ シェアしよう /