家の中に誰かいる

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  前:夜毎、彷徨う「無縁仏」

 


 

作画:chole(黄泉子)

 


 

霊感少女・黄泉子
とりゃっ。 あははっ。 黄泉子(よみこ)だよ。

あなたは自分の家、好き?

おいらは自宅が大好き。いつも、家でゴロゴロしてるよ。

 

これは、28ノベルだけで読むことができる怖い話です。2ちゃんねるのコピーではありません。

 

新婚当時に住んでいた古い賃貸マンションの話です。

子供が生まれたばかりの頃なので、もう数年前になりますね。

その当時、私たち家族が住んでいたのは郊外にある3階建ての賃貸マンションでした。

3LDKのファミリータイプで、老夫婦や中学生くらいのお子さんがいる家族、私たちのように赤ちゃんがいる家庭と、住民の年齢層は様々でした。

私が住んでいた部屋は202号室。隣の201号室には10年近く住んでいる老夫婦がいました。

子供が生まれた時に「泣き声などでご迷惑をおかけしますが…」とご挨拶に伺ったら、どんなことでも相談してね、とにこやかに対応してくれたのを覚えています。とても感じの良い方々でした。

このマンションの辺りは子供がいる家庭が多いせいか、大小様々な公園がありました。

アスレチックがある公園、芝生だけの公園、小さな遊具がある公園、大きな砂場がある公園…

子供がねんねの赤ちゃんだった時は、そこまで気にすることはありませんでしたが、子供が歩くようになってから…1歳くらいでしょうか、その辺りからは毎日午前と午後に外遊びに連れて行くのが日課になっていました。

今日はあそこの公園、明日はこっちの公園…。そうやって遊びに連れて行き、帰りにスーパーに寄って買い物をして帰宅する。

こういった生活を続けていたある日のことでした……

 

その日も子供を連れて、お昼ご飯を食べた後に公園へと遊びに行きました。窓や玄関をしっかり施錠して、砂場セットを持って外に出ました。

1時間ほど公園で遊び、その後近所のスーパーで夕飯の買い物を済ませて、マンションに到着したのは家を出て2時間ほど経った頃でした。

右手に砂場セット、左手に買い物袋、胸の前には抱っこ紐で抱っこした1歳の子供…。動きずらそうと思われがちなスタイルですが、実際のところ慣れてしまえば苦ではありません。

しかし、毎回バックの中から鍵を取り出す作業に四苦八苦してしまいます。

この時もいつものように、背負ったリュックサックの脇ポケットから家の鍵を取り出すのに時間がかかっていました。

ただ荷物が邪魔なだけでなく、抱っこしている子供が背を仰け反らせて動くのが思いのほか辛いのです。1歳くらいだと、目に見えるものすべてに興味があります。

抱っこしている状態は、歩いているのよりも目線が高いので、普段触れられないもの、見えないものにも興味が行きます。

玄関前での子供の興味は、普段絶対に触れることの出来ない、インターフォンでした。

私が前抱っこした状態だと、手を延ばせばインターフォンを押すことが出来るのです。

私が鍵探しにあたふたしているうちに、子供はニコニコしながらインターフォンへと手を伸ばしました。

「駄目よ。じっとしてて。危ないから」

私が苛立った声を上げると同時に、子供の手がボタンに触れて…ピンポーンと大きな音が辺りに響きました。別に連打されているわけではありませんし、迷惑になるものでも無いので、怒る必要は無いのですが、鍵が上手く取れなくてイライラしていた私は、あーもう!と溜め息をつきました。

その時…

『はーい。どちら様ですか?』

インターフォンのスピーカーから、女性の声が聞こえてきました。

驚きのあまり立ち尽くした私は、一瞬自分の家を間違えてしまったかと考えました。

廊下から見える部屋の窓には、私のお気に入りのカーテンが付けられています。前日に使った夫の深緑の傘も窓枠に引っ掛けられています。

部屋番号も…202と書かれている。

ここは間違いなく、私が住んでいる202号室。

もしかして、誰かが部屋に侵入した…?空き巣…?

それなら鳴らされたインターフォンに出るはずがありません。それに窓も玄関もしっかり施錠をして家を出ました。

リュックサックから鍵を取り出した私は、おそるおそる鍵穴に差し込み…回しました。

がちゃり、と音を立てて鍵が開きます。ほら、やっぱり鍵はしっかり閉めて家を出ている…

ドアを開けて家の中に入ると、私と子供が家を出た時と何も変わった様子はありません。窓も閉まっています。

やっぱり気のせいだった。幻聴か何かだったのよ。

そう思い込もうとしましたが、あるものが目に入り、私の体は一瞬にして凍り付きました。

キッチン脇の壁に取り付けられた、インターフォン対応用の受話器が外れて、ぶらりと垂れ下がっていたのです…

まるでさっきまで誰かが使っていたかのように…

 

それから2日後、また私と子供で公園に行きました。

砂場で子供の遊び相手をしながら、ちゃんと戸締りをしてきたはずだと、何度も家を出た時のことを思い出していました。

あの日の夜、夫にインターフォンから聞こえて来た声のことを話しましたが「おぉ、なんだか怖いねー面白い」と笑い話にされて、まともに相手をされませんでした。

あの日以来、どうも家の中にいると色んなことが気になってしまって落ち着きがありません。

何と言うか…家の中に私と子供以外の誰かがいるような、そんな風に思えてしまうのです。

子供が砂遊びに飽きて来たので、頃合いを見て家へ帰りました。

この日は買い物をしなかったので、子供と歩いてマンションへと戻って来ました。

部屋の前に立って、バッグから鍵を取り出し、鍵穴に差し込もうとした瞬間…インターフォンが視界に入りました。

私はなんとなく、それのボタンをゆっくりと押してみました。

ピンポーンと音が鳴り響きます。音が消えると、辺りは道路を走る車の音や、風の音ばかりが耳に入り、それ以外は何も聞こえてきません。

なんだ私の勘違いか…そう思ったその時、

『はぁい。どちら様ですか?』

また、あの時と同じ女性の声が…インターフォンから聞こえて来ました。

やはり幻聴や勘違いでは無かった。ぞくり…と一瞬にして体が凍えました。

「あなたは、誰なの?」

震えているような、掠れているような、そんな声色で私は独り言のように呟きました。しかしそれは、このインターフォンから流れて来る声の主に向けたものです。

返事は…何もありませんでした。

私は急いで家の鍵を開けて、子供を中に入れるより先に家の中へと入り込み、居間まで駆けました。

しかし、やはりそこには誰も居ません。私たちが家を出た時と何も変わっていないのです。

違うのはインターフォンの受話器が垂れ下がっていることだけ…

その日の夜、夫に今日の出来事を話すと、ゲラゲラと面白がって笑いだしました。

腹が立った私は、

「引っ越しを検討しないなら、子供を連れて実家に帰る」

と訴えると、私の本気度を理解したのか引っ越しすことを考えてくれました。

その翌日に夫が仕事に出ている間、近所の不動産屋に行くため家を出ました。

子供の手を引いて、マンションのベランダが見える駐車場を横切っている時…私はなんとなく自分の家がある方を見上げてみました。

ベランダには昨日使ったバスタオルや、子供の服が干されています。

しかし、私は見てしまったのです。

202号室ののカーテンの隙間から、私たちをじっと見つめる女性の姿を……

 

その後、無事に引っ越しをすることが出来ましたが、引っ越し当日にお隣さんの老夫婦にご挨拶に行きました。

夫人は私たちがマンションからいなくなってしまうことを残念がっていました。

「ここら辺は公園も多いし、小さい子を持つご家庭が生活するには便利な場所よ?何かトラブルでもあったの?」

そう聞かれて、私は正直に202号室であったことを夫人に話しました。

笑われるかと思いましたが、夫人は「あらぁ…」と目を丸くして驚いたように声を上げて…

「まぁ…やっぱりあなたも、それで引っ越しちゃうのね」

どうやら202号室の住人は、いつもそれを理由に引っ越していってしまうそうです…

そのマンションはまだ残っています。今の202号室の住人は私のから数えて何人目の人なのでしょう。

あのインターフォンを押せば、また聞こえてくるかもしれません。

『はぁい。どちら様ですか?』

 

霊感少女・黄泉子
うわッ。

こんなの読んじゃったら、家でゴロゴロできなくなっちゃうよッ。

作品は著作権で保護されています。

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