氷の中に

↑「あとで」は、しおり代わりに使えるよ↑

  前:ハンカチ落とし

 


 

作画:chole(黄泉子)

 


 

霊感少女・黄泉子
とりゃっ。 あははっ。 黄泉子(よみこ)だよ。

今日は外国の怖い話みたいだよ。

どんな話だろ。楽しみだな。

 

これは、28ノベルだけで読むことができる怖い話です。2ちゃんねるのコピーではありません。

 

高校生の頃にホームステイをしたことがある。

どこの国かは伏せるけど、すごく寒い国だったよ。雪がたくさん降り積もって、夜外に出ると冷凍庫の中にいるみたいな寒さだった。

なんでそんなところにホームステイしたかと言うと、母の職場の人が国際結婚したんだ。その人が僕のことを気に入ってくれてて、「うちの旦那の親戚の家に、少しホームステイしてみない?学生のうちしか、そういうこと出来ないわよ」と言ってくれて、お言葉に甘えてホームステイさせてもらった。

学校で習う程度の英語しか出来なかったけど、ホームステイ先の人たちも英語を母国語にしてるわけじゃないから、特に不安は無かった。お互いにたどたどしい英語でコミニュケーションを取る。ただそれだけのことだ。

ホームステイは長期休みを利用して行った。僕がその国に着いた日はひどい大雪の後で、空港の外は真っ白だった。

日本から持っていった防寒具は全く無意味だった。正直、舐めてたね。寒いを通り越して痛かった。

空港まで迎えに来てくれたおじさんが、家に行く前にショッピングモールでコートや手袋、ブーツを買ってくれたよ。

車の中で、おじさんはこんなことを言っていた。

「日本はとても治安が良い国なんだってね。一度行ってみたいよ」

「こちらの国も治安が良いと聞いていますよ」

「最近良くなったのさ。私が子供の頃はあまり良くなくてね。強盗や誘拐も多かった今は本当に良くなったから、安心していいよ、日本ほどじゃないけどね。だから、夜の外出はしない方がいい。寒いし外灯も少なくて危険なんだ」

車窓から見える街の景色を眺めていると、おじさんの言っていることが信じられなかった。

家族連れやカップルが行き交う様子は、平和そのもので、かつて治安が悪かった街とは思えなかったのだ。

街の賑わいが遠ざかるくらいの場所に差し掛かると、大きな公園が見えてきた。

僕は公園にある池を見て驚いた。子供たちがスケートをしていたのだ。

「おじさん、あの公園の池はスケートが出来るんですか?」

「あぁ、そうだよ。冬の間は凍ってしまってね。とても分厚い氷なんだ。だから、スケートリンクとして開放しているのさ。もちろん、人数制限はしてるけどね」

チラッと見た感じだと、子供ばかりだった。天然の氷だから割れてしまうことを考慮して、人数制限をしているのだろう。

「スケートリンクから少し離れた場所では、釣りも出来るんだよ。氷に穴を開けて釣り糸を垂らすんだ。大漁とまではいかないが、小魚が釣れるよ」

「ワカサギ釣りみたいですね。面白そうです」

「そうだ!折角来たんだから、ここにいる間にやってみよう。日本には天然の池をスケートリンクにしたり、釣りに使ったり出来ないだろう?」

確かにそうだ。きっと素晴らしい思い出になる。僕は喜んでおじさんの提案を受け入れた。

 

ホームステイ先のご家族はみんな素敵な人たちだった。

でっぷりとした優しいおじさんはサンタクロースのようだったし、おばさんの作る料理は何もかもが美味しかった。大学生のお姉さんは少しだけ日本語が話せた。日本のアニメが好きで、独学で勉強しているらしい。いつか日本のアニメイベントに行きたいと言っていた。

この家に来て数日が経った頃の夜、おじさんが外から帰ってきたお姉さんと喧嘩をしていた。

何を言っているのか分からなかったけど、おじさんがとても怒っていることと、お姉さんが反発していることは分かった。

怒って部屋に帰ってしまったお姉さんに、何があったのか聞きに行ったら、愚痴の聞き役を見つけたことを喜びながら話してくれた。

「パパったら心配性なのよ。私が彼氏とデートして帰りが遅くなったことが許せないみたい」

「彼氏とデートじゃ、おじさん心配なんだよ。一人娘が朝帰りするんじゃないかってさ」

「違うわ。彼氏とデートしてるのは良いのよ。パパは夜外に出ることが駄目なの。夜は危険だからって言うのよ」

「僕も言われたよ。寒くて暗いから夜の外出は駄目って」

「そんな風に言ったの?本当は違うのよ。昔この辺りで誘拐事件が起きたの。被害者は10代の若者ばかりでね」

お姉さんの話によると、おじさんが若い頃に10代の若者を狙った誘拐事件が多発したという。被害者のほとんどは遺体となって発見されたが、まだ行方不明のままになっている被害者もいるらしい。

犯人は逮捕前に自殺し、雪国の凶悪事件は幕を閉じた。

「もう随分昔の事件なのよ?なのにパパったら、私が誰かに誘拐されるかもって心配しているの。時代は変わったというのに、困ったものだわ」

平和な異国の街が、途端に怖くなった。

今は本当に治安が良くなったから…とおじさんが強調していたのは、そんな恐ろしい事件があったからなのか。

 

その翌日、僕はおじさんと一緒に、池がスケートリンクになっている公園にやって来た。

スケートリンクとして開放されている場所は、子供たちでいっぱいだったが、釣りが出来る場所は閑散としていた。

おじさんが持参した釣り道具を使い、氷に小さな穴を開けて釣糸を垂らす。

朝に降った雪がうっすらと氷の上に積もっていて、池の中の様子は分からなかった。見えたとしても、怖くてまじまじと見れないだろう。

しかし釣れない…。最後に釣りをしたのは小学生の頃だったけど、もっと釣り上げてた気がする。どのくらいの時間釣糸を垂らしていたのか分からないが、とても時間が過ぎるのが長く感じた。

このままじゃボウズだ。だが、嫌な気分にはならなかった。高校生のガキが異国の雪深い土地で、凍った池で釣りをするなんて体験は、なかなか出来るものじゃない。

おじさんと僕の間に流れる穏やかな空気も心地よかった。

本当は、前の日にお姉さんが言っていた誘拐事件の話を聞いてみたかったが、そんなことを口にしたら、この空気が壊れてしまうんじゃないかと不安だった。

「なかなか釣れないね。他のエサを試してみよう」

おじさんは釣り道具を入れて来たケースを漁り始めた。

僕は穴に釣り糸を垂らしたまま、何となく穴をじっと見つめた。ただ暗いばかりだ。

だが一瞬、何かが揺らめいたように見えた。魚かな…?いや、違う。白い布のようなものだ。

僕は穴に顔を近付けて、目を凝らした。何も見えない…。目の錯覚にしては、この場所に不似合いなものが見えたもんだ。

僕は氷上を撫でて、薄く積もった雪を払った。想像以上に氷の透明度が高かった。もっと雪のように白く濁っていると思っていたからだ。

身を屈めて、何かいないかじっと見つめる。

また、何かが揺らめいた。白くゆらゆらと…。やはり魚ではない、布…それも衣服だ!

氷下の揺らめきは、次第に上へと上がって来る。

それが見えた時、僕は悲鳴を飲み込んだ。

揺らめいていたのは、ワイシャツだったのだ。

そして、金色の豊かな髪も…水中に漂っていた。

白いワイシャツ、金色の髪…白すぎる肌、真っ青な瞳……

女の子だ…池の中に女の子がいる!

確かな顔の造りまでは、氷の厚さでぼやけてしまい分からない。

女の子らしきそれは、瞬きも無く僕を見つめ、僅かに手を動かし、水中から氷を叩いた。

“出して…出して…”

そう言っているかのように。

僕は恐ろしくなり、ひぃ!と声をあげた。驚いたおじさんがこちらを振り向いた。

「どうしたんだい!?」

「お、おじさん!池の中に女の子がいる!金髪の女の子が、氷を叩いてるんだ!」

なんだって?とおじさんが池をじっと見つめた。だが、そこにはもう誰もいなかった…ただ暗い色の氷があるだけだ。

「驚かさないでくれ。目の錯覚だよ。こんな冷たい池の中に、女の子がいるわけないじゃないか。いたら死んでしまうよ」

おじさんの言う通りだ…でも僕は確かに見た。助けを求めるように氷を叩く少女を…。

ホームステイを終えて日本に帰る日。おじさんは僕を空港まで送ってくれた。

空港へ向かう途中、あの池がある公園のそばを通った。

あの時見た少女は何だったのだろう…車窓から凍った池を眺めていると、小さな人影を見つけた。

閑散とした釣り場の中で、ぽつんと立っているワイシャツ姿の少女…。

見つけてしまった瞬間、ぞわり…と体に悪寒が走った。

じぃ…っと僕を見つめているのだ…。睨むように…。

何度か瞬きをしているうちに、その少女の姿は消えていた。

僕はおじさんに問いかけた。

「ねぇ、おじさん。昔あった誘拐事件。遺体はどこで見つかったの…?」

おじさんは思い出しながら言った。

「この近辺の森や倉庫、あとあの公園の池の中からも見つかったようだよ。すべてではないがね。まだ見つかっていない被害者もいる」

それはきっと、あの金髪の少女だろう。

彼女は今もあの池の中で待っているのだ。

“私を見つけて……ここから出して…”と…。

 

霊感少女・黄泉子
うわ。

氷が張ってる池とか見たら、思い出しちゃいそう……。

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