路地裏の占い師

↑「あとで」は、しおり代わりに使えるよ↑

作者:朧塚

 


 

 闇の占い師の噂を聞いたのは、いつだったか。

 大学に入っての僕は、何をするアテも無くブラブラしていたと思う。

 入ったサークルは、オカルト研究会という謎のサークルで、実際には映画研究会みたいなものだった。サークルの設立者がホラー好きで、オカルト研究でもしようと考えていたのだが、最初のうちは、魔術の本などを探して悪魔でも召喚してみようと考えていたのだが、どうやら、その設立者は単なるホラー映画好きで、以後、このオカルト研究会というのは、名前だけで、実際にはホラー映画を中心とした映画ファンの同好会、といったサークルだというのが、学生達の間では認識されていた。

「それで、皆さん、今回のサークルのテーマだけど」

 岡島先輩は、ホワイト・ボードに最近見た映画の内容を書いていた。

「ズバリ、占いをテーマにしたいんだ。占いが題材の映画を探していこうって思ってね」

 部室内で、数名の男女が集まって、スナック菓子をテーブルに置き、ジュースを飲みながら先輩の話を聞いていた。

「占いですかあ?」

 髪を金髪に染めた青年である、紙谷先輩が、岡島先輩に対して少し困った声で聞いた。

「そ、占い。手相とか占星術とか」

「それって、うちのサークルと関係ないじゃないですか? ほら、ゾンビ映画を見て、その感想をサークル誌に載せるとか、次はミリタリーを中心とかじゃないんですか?」

「実はね。一昨日に会った占い師がとても美人でさ。俺の運勢を占って貰ったんだよね。彼女は出来るか、とかさ。将来、どうなるかとか」

 そう言うと、先輩は顔を紅潮させていた。

「はあ? 美人の占い師? 先輩、またそんな変なのに騙されて」

 紙谷先輩は、呆れた顔で頬杖を付いていた。

 彼の隣にいた、京子さんも、同意するように頷く。

「うん。岡島さん、いつも考え方がおかしい」

 彼女は溜め息を吐く。

「そういえば、占いと言えば、最近、流行りの都市伝説である『路地裏の占い師』の事を知っている? ネットの掲示板とかで噂されているんだけど」

 京子さんは、淡々と言った。

 彼女も占い好きで、個人でタロット・カードや占星術などを行ったりするらしい。僕も以前、彼女から手相を見て貰った事がある。霊感が眠っている。結婚は遅くなる、とか言われた。

「そんな都市伝説なんだ? 佐藤。詳しく教えてくれないか?」

 岡島先輩は、京子さんに訊ねる。

「深夜に都市部のR町。六丁目の辺りの路地に店を構えているらしいわ。この辺りは遅くまでやっているラーメン屋さんが多いらしいのだけど、どの店も閉まる時間帯にやっているし、街頭占い師らしいの。自分以外に誰か他に通行人がいる場合は現れないんですって」

「なんだ? そりゃ? 儲かるのか?」

 紙谷先輩は裏返る。

「だから、都市伝説だって。そもそも、その占い師の正体は分からないし、何者なのかはネット上で様々な憶測が飛び交っているの。ただ、占いの内容は“その人の未来の運命”を的確に当てるのと。金銭以外の代償を求められるんだって」

 京子さんは、少しだけ楽しそうな口調で語る。

「面白いじゃないか、その占い師、みんなで探しに行かないか?」

 岡島先輩は、とても楽しいそうに訊ねる。

「馬鹿馬鹿しい。映画の批評とかにしませんか?」

 紙谷先輩は苦言を述べた。

「一応、ウチはオカルト研究会だぞ? 今後、サークル誌を作成する為に、映画評論だけじゃダメなんだって。現地に赴いて、その詳細を冊子に書いてみないか?」

 岡島先輩は、そんな事を言った。

「だからさ、みんな付いてきてくれよ? 現地に行こう!」

 紙谷先輩は、大きく溜め息を吐くと、部室の入り口の扉へと向かう。

「すんません、これからバイトなんですわ。俺、ちょっと抜けますね。また」

 そう言うと、彼は気だるそうに部室を出ていく。

 岡島先輩は、俺と京子さんの二人を睨み付けるように見る。

「とにかく、お前達は、今日は予定は無いな? 俺を現地に案内してくれないか?」

 そう言うと、先輩はかなりはしゃいでいた。

 俺と京子さんは、少しげんなりとした顔で、その様子を見ていた。

 岡島先輩の奢りで、俺と京子さんの二人は、R町の近くのファミレスにいた。

 京子さんは、頻繁にスマホを弄りながら、都市伝説関連のサイトを見ていた。京子さんは美人だが、こんなサークルに入るくらいだから、やはり変わり者だった。話を聞くと、昔からこういった不思議なものに対しては強い関心を抱いていたらしい。

 岡島先輩は、ずっとホラー映画の話をしていた。

 僕は、そんな彼の話に嫌々ながらも付き合っていた。

 その後で、三名でカラオケに行って盛り上がった。

 岡島先輩は気前よく、三人分払ってくれた。

 その頃になると、僕も京子さんも、先輩に対する不満は薄れていた。

 深夜も、12時を過ぎた頃だろうか。

「じゃあ。そろそろ、解散っすかねえ」

 俺はカラオケの帰りにそう呟いた。

 それを聞いて、先輩は少し慌てる。

「おいおい、都市伝説の占い師を探しに行くんだろ? 此処からだと終電にはまだ間に合う。だから、探しに行くぞ。六丁目なんだろ?」

 カラオケでアニソンを熱唱していた先輩の都市伝説の熱気は冷めない。

「はいはい、行きますよ。色々と先輩持ちだったしね」

 そう言うと、京子さんは、先輩と僕を6丁目の路地の辺りに案内する。
 
 確かにそこは、京子さんが言うように、ラーメン屋がいくつも並んでいた。この時間帯は何処も閉店している。

 とても暗い場所だった。

「こんな処で、商売なんかして、儲かるんですかねえ」

 俺はぽつりと呟いた。

「だから、都市伝説なんだろ?」

 岡島先輩はとても楽しそうだった。

 三人で、うねうねとした路地を歩いていく。

 自分達以外に、誰もいない……。

 小さな街灯があった。

 その明かりに照らされて、テーブルを出して、椅子に座る人物を見かけた。

 人が露店を出しているのだ。

「あれっ!?」

 京子さんは、思わず声を裏返していた。

 全身にフードのようなものを被って、顔を覆い隠した人間が、座っていた。

 近くに看板が置かれており、そこには“あなたの運勢見ます”と書かれていた。

 岡島先輩は、その露店に早足で向かっていく。

「すみませんっ! 占いされているんですか?」

 フードの人物は頷く。

「おいくらですか?」

 先輩は軽妙な口調で訊ねる。

「本当にあったよ……」

 俺と京子さんは、お互いの顔を見て首を傾げた。

 そして、俺達二人は、先輩の後ろに向かい、占いを受ける先輩の様子を見ていた。

「えっ、お金はいらない? それ、本当ですか? 今すぐ占って頂けませんか?」

 先輩は、何の警戒心も持っていないみたいだった。

 占い師は、先輩の手を見る。

 一分間ほど、経過した頃だろうか。

「あんた、恋人がいなくて悩んでいるね?」

 低い、老婆にも、中年男性にも聞こえる声だった。

 何故か、フードの奥は見えなかった。

「はいっ! この前、他でも占いをして貰ったんですが。もうすぐ、俺にも恋人が出来るとか。で、ラッキー・アイテムはいつも身に付けているんですけど、猫のキーホルダーで……」

「五年後くらいかねえ」

 占い師は言った。

「五年後?」

「あんたの運命の日。でも、あんたは生涯、恋人は出来ないんじゃないかもしれないねえ。少し、周りの空気を読んで、配慮する事が苦手そうだ」

 占い師は、ズケズケと言ってくる。

 先輩は、少し仰天したような顔をしていた。

「そ、そんなあ。じゃあ、どうすれば、俺に恋人が出来るんですか……?」

「運命の日を2,3年。近付ければいいのさ。そうすれば、一年間くらいは幸福になれる」

「近付ける? よく分かりませんが、俺は恋人が、彼女が欲しいんです! このまま彼女いない歴年齢、というのは……」

「構えてやるよ」

 そう言うと、占い師は懐から何かを取り出した。

 それは、小さな水晶玉だった。

「これを持っていきな。あんたの願い、叶うから」

 岡島先輩は、それを握り締めると喜ぶ。
 
 京子さんは、横に入る。

「私の事も占って頂けませんか?」

 彼女は息を飲んでいた。

「ああ、いいとも」

 京子さんは、手相を見せる。

「あんた、霊に取り憑かれやすいね?」

「……はい。視えますから」

「その筋で成功するかもしれない。あんたは昨年亡くなった祖父が見守っているから、そうそう他の霊は介入出来ない。あんたは大成するし、長寿でもある。私があんたに出来る事は何も無いよ」

「そうですか……」

 そう言うと、占い師は京子さんから、手を話した。

「ただ、一つだけ、あんたは…………」

 それは、僕にはよく聞き取れなかった。

 だが、京子さんは蒼ざめた顔をしていた。

「そろそろ、行こ。二人共」

 京子さんは、僕と岡島先輩にひっそりと告げる。

「どうしたんだい?」

「とにかく、行こう?」

 彼女の声は強くなった。

 岡島先輩は、深々と占い師に礼をした。

 それから、二週間の間、オカルト研究会の間では何も無かった。三か月に一回出している冊子には映画の批評などを載せていた。それから、あの路地での占い師から占って貰った事も書いた。

 いつの間にか、岡島先輩には、彼女が出来ていた。

 写真で紹介してくれた。

 どうやら、ネットのSNSサイトで知り合ったらしい。少し遠距離らしいが、電車で四時間程度の距離なので、何とか会いに行っているらしい。

 それから、何事もなく、オカルト研究会は過ぎた。

 半年後、岡島先輩が変死していた。

 死因は突然の心臓発作だったらしい。

 恋人も心の病だったらしい。先輩の死を知った後に、すぐに精神病院に入院した。

 それから、京子さんは、酷い辛そうな顔で部室に現れた。

「やっぱり、あの占い師は寿命を代償に、願いを叶えさせてくれていたんだ……」

 京子さんは、今にも泣きそうだった。

「どういう事……」

「ねえ、貴方、あれが人間だって思ったの? あれは……」

 そう言うと、京子さんは口を噤んだ。

「とにかく、私達はあの都市伝説の事を、先輩に教えるべきじゃなかった」

 京子さんは、酷く落ち込んでいた。

「京子さんのせいじゃないと思うな……」

「紙谷先輩も、あの占い師の下へ向かったみたい。就職で悩んでいたの知っていたから……」

 僕は言葉を失う。

 そう言えば、数週間くらい前から、紙谷先輩はサークルに来ない。

 メールでは、筆記試験は受かったと書かれていた。

「あの占い師はこの世のものじゃない……。お爺ちゃんが、先に警告してくれたの……」

 京子さんは、ぶつぶつと告げる。

 そして、彼女はその場で倒れた。

 数日後、僕は京子さんの入院している病室に向かった。

 京子さんは、ずっと眠ったままだった。

 僕は彼女の事が好きだった。…………。

 だから、僕の命を代償にしてでも、彼女を救いたかった。

 だから、僕はあのR町の6丁目にいる、占い師の下へと向かった。

 僕の命を捧げてでも、京子さんを救いたかった。

 ………………。

 二日後、京子さんからの連絡があった。

 どうやら、昏睡状態から回復したらしい。

 僕が願った甲斐があったというものだ。

 京子さんからメールがあった。

『私言われたの。あの占い師に。貴方は絶対に死なないって。幽霊からの攻撃も受けない。でも、貴方は他人を犠牲して、栄えるんだって。……私の為に、命を捧げたんだね? 私はよく道を歩いていると、霊に取り憑かれる。この前もそうで、貴方に迷惑を掛けた。でも、貴方は貴方の命で助けてくれたんだね……。お爺ちゃんも生きている頃そうだった。中学時代の友人も……、私の代わりに、霊の攻撃を喰らって死んだ……』

 長いメールを読み終えて、僕はしばらく考えた後、自らの運命に納得する事にした。

 京子さんの命を救う代わりに、僕が犠牲になる。

 あの占い師は、僕の未来は短いと言っていた。

 紙谷先輩がいつまで生きるのか分からない。

 彼は何を犠牲にしたのだろうか?

 僕はそれを聞こうとも思わない。

 好きな人の為になら、命を捧げても構わない。

 僕は誇らしげにスマートフォンをポケットに入れて、もう死んでしまって二度と会えない、岡島先輩に感謝する事にした。

 先輩が背後で、僕に微笑みかけているように思えた。


 

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