警閥に燃ゆ

↑「あとで」は、しおり代わりに使えるよ↑

「……ああ? なんだ? 土喰上八位様よぉぉ。いつからおめえは俺のお友達になんざなったんだ?」

「僕の班員たちにはすでに別れを告げてきた。……服部従八位の偵察で、悪魔たちの狙いが分かった。頭目の存在も」

「あ? なんだそれ。おい、聞いてねえぞ」

「侵入してきたのは悪魔十五名。内一名は僕が殺した。頭目は蒼い巌虎。狙いは……僕だ」

 その言葉にその場の全員が唾を飲む。

 唯一燕尾従八位のみは可笑しそうに哄笑した。

「く、くっく。カカカ! それは面白ぇ! つまりなんだ? おめえが悪魔を一人仕留めて、その仕返しに巌虎が追ってくるってことか。ああ!? だろう!? 土喰上八位さんよぉ!!!」

 土喰上八位が口角を上げて言う。

「その通りだ、燕尾従八位」

 燕尾従八位は頷いた。

「わかったぜ。今から少しの間、俺とおめえは停戦だ。だが、俺は暴れ足りねえ。丁の手の者達も、他のどんな手の者達も、全部平らげさせてもらうぜ」

「自由にしてくれ」

 そして燕尾従八位が丁の手の者達と向かい合う。

「そういうことだ。アイスコーヒー派。おめえらの敵は俺と土喰ってわけだな。玉が五つあるんだろ? 一個ぐらい潰させろや」

 そして燕尾従八位が「屍《かべね》の城」という羽を大きく広げる。

「……よいしょ、っと」

 それを土喰上八位は巨木の枝に腰かけつつ見守る。

 土喰上八位はその糸目の間から燕尾従八位について考察を行っていた。

「ふむ……。良い構えだ」

 燕尾従八位は羽をぼこぼこと沸騰させて屍種を作ってゆく。それを五段階に分けて放出し、絶え間なく攻撃を行う。

 屍種の扱いを熟知している。

「存外馬鹿ではない」

 ふふ、と土喰上八位が笑う。

 これは良い相棒を得たものだ。

 そう思ってのんびりと茶を淹れ始めた。

 水筒に熱々の茶を入れてある。

 それを湯飲みに移し、飲んでいると、劣勢の丁の手の者が殴りかかって来た。

「調子こいてんなよ、土喰ぇええええ!!!」

 それに対して土喰上八位はまた目を細くし、羽を開花させた。

 「純銀の花弁」。

 それが土喰上八位の羽に名付けられた呼び名だった。

 瞬時に純銀の花弁を開花させ、その羽の花弁一枚で殴りかかって来た丁の手の者を叩き落とす。

 ずずっ……。

 茶をすすり、

「うむ。苦い」

 と土喰上八位が微笑む。

「僕はあまり褒められた趣味はしていない。攻め立てるなら燕尾従八位にしておかないと、余計にみじめな思いをするぞ」

 そして、ふふふ、と笑む。

 土喰上八位が茶を飲んでいると、丁の手の者を半数ほど倒した燕尾従八位が高笑いをして、叫んだ。

「ウラァアアアアアア!!!!」

 豊洲従八位が「千手観音」で殴りかかる。

 すると、燕尾従八位は屍種を打ち出して豊洲従八位を下方へ体重移動させ、その隙に自分のひじの裏に屍種をひっつけてニトリグリセリンを爆発させ、言うなれば、「ニトロスマッシュ」を打ち出して豊洲従八位の腹を打ち抜き、気絶させて地面へと落とした。

「豊洲!」

 波瀬従八位や豊山従八位が悲鳴じみた声を上げる。

 単純な能力だけでなく、格闘センスですら、燕尾はあの豊洲従八位の上を行った。

 燕尾従八位は叫ぶ。

「カミワダぁあああああああああああああ!!!!」

 そして丁の手の者達を二十名ほど仕留めて、残りは波瀬従八位のみとなった。

 土喰上八位は茶を飲みつつ枝の上で座ったり、横になったりして、闘いを傍観をしていた。

(波瀬従八位か……類まれな努力家であるとは聞くが。やはり頭領が最後に残ったか)

 土喰上八位は茶を飲み切るとトンッ、とそれを置き、

「うむ」

 と唸った。

「燕尾従八位」

 土喰上八位が呼びかけた。

「あ? なんだ?」

「せめてもの慈悲だ。ここは君ではなく派閥の長である僕が波瀬従八位に引導を渡そうじゃないか」

 燕尾従八位が不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「獲物をやるつもりはねえよ」

「燕尾従八位、僕がその気になればお前を切り捨てて一人で巌虎と戦っても良いんだぞ。お前を誘ったのは、生半可な力の持ち主ではかえって足手まといになるというだけのことだ。そのために班も捨ててきた」

「……ちっ」

 そして燕尾従八位がその場にあぐらをかいて座る。

 それを見た土喰上八位が満足げにうなずいた。

「……ああ、何と言ったか。『完遂した努力家』、だったか。波瀬従八位」

 土喰上八位の言葉に波瀬従八位が汗を流しつつ答える。

「そ、そうです。そう呼ばれています、土喰上八位」

「お前はあれだな。運が少し弱かったんだ。だが、それを補うだけの努力はした。必ず報われるさ。今はただ雌伏の時を過ごすことになるが、太陽の日は必ずまたお前の頭上に輝く。安心しろ」

「土喰上八位……。僕をそう簡単に倒せるとは思わない方が良いですよ」

 波瀬従八位のその言葉に土喰上八位が糸目を少し開かせ、きょろりと目玉を向けた。

「ふむ……。なるほど。悪くない。お前にもお前なりの意地があると見える。それは強さとなる。大事にしろ」

 そして土喰上八位が羽を広げる。

 純銀の花弁が開花する。

 何枚もの花弁が頸椎羽から広げる中、その威容に波瀬従八位が歯を食いしばって恐怖心を我慢する。

(怖くない。怖くない怖くない怖くない……!!!!)

 そう念じて波瀬従八位も羽を広げる。

 単なる飛翔の能力を持つ、「舞い羽」と呼ばれる羽であった。

 あまりに貧弱。

 あまりにか弱い。

 あまりに幼稚。

 だが、――愛おしいほど、懸命である。

 退いてはならないことを知っている。

 同胞たちを裏切れないと分かっている。

 やられると分かっていながら、それでも懸命に戦おうと足を震わせる。

 それが、この波瀬従八位という男であった。

「土喰ぇえええええええええ!!!!!!」

 波瀬従八位が飛翔して突撃してくる。

「ハラワタ見晒せぇえええええええええ!!!!!」

 土喰上八位が叫んだ。

 そして、二人が交差し、勝敗が決する。

 波瀬従八位は腹を切られてハラワタを垂らし、地面へ落ちて倒れこんだ。

「燕尾従八位、傷は無いか」

 土喰上八位が波瀬従八位など気にも止めず言った。

「傷なんかねえよ。それより、いいのか? ハラワタ晒しちまってるぞ、波瀬」

「腹を浅く切っただけだ。天使ならすぐに再生する。幸い、我々は蘇生能力が強靭だからな。大丈夫だろう」

 そして土喰上八位と燕尾従八位は一本だけ高く岬に生えている木へ移動して、その上に立った。

 燕尾はランニングシューズであったが、土喰上八位は背が低いので高下駄を履いていた。

 二人は高い木に登ると樹海を一望した。

「おい……ここにいてもしょうがないだろ」

 燕尾従八位が言った。

「見るものがあるのだ」

「見るもの?」

「鳥を見ろ。鳥が飛び立っているところが敵のいる場所だ」

「なるほどな」

 そして土喰上八位は燕尾従八位と昼食を取ることとした。

 樹海では様々なところから鳥たちが飛び立っていっていた。

「まだ数が多いな」

 握り飯を食べながら土喰上八位は言った。

「とりわけ元気に鳥が羽ばたいているところは、北西と南だな」

「大勢集まっているということは、五名ずつの班で分けても行動を共にする派閥内のグループだろう。丁のアイスコーヒー派と壬の手の者達はやられているところを見てきた。残っているのはおそらく庚《かのえ》やら乙《いつ》やら諸々の連中だろうが、それももしかしたらもう誰かに狩られているかもな。――まだ大勢の天使がぴんぴんしているようにも見えるが」

「悪魔どもはどこだ」

「さあ。それはわからん。悪魔どもはほぼ全ての天使が狙っているだろう。無事ではいられまいと思うが、癸《みずのと》の手の者が簡単に十名も、ほぼ瞬間的にやられている。おそらく頭目の巌虎とやらも只者ではあるまい」

 もっちゃもっちゃ。

 土喰上八位がにぎり飯に混ぜてある油揚げを美味そうに味わう。

 片手で軽く枝を握り、もう片方の手で飯を手にしている。

 眺望は御立派なものだ。樹海のあちこちで大きな物音が響き、木々が倒れることすらあった。

 だが、それは妙な話だ。

「……あんなにごっそりと、十本はあるぞ? あんなに木をいっぺんになぎ倒せる天使などいたか?」

「……雑魚、ではないな」

 燕尾従八位が言った。

「蒼い巌虎……」

 土喰上八位がその名をつぶやく。

「あ!? 奴か!?」

 燕尾従八位がはしゃぐ。

「落ち着け、馬鹿者。ただの天使が集団で戦っているだけかもしれん」

「けっ、てめえは慎重すぎんだよ。もっと爪を使えよ」

「僕は手堅い人間なんだ」

「だとしたら、俺がうかつだって?」

「そうとも言えるかもな。ふふふ」

「まったく、大した自信家だな。自分至上主義か? ナルシストより質が悪いぜ」

「僕はナルシストでもなければ自分ファーストでもないよ。ただ、勝ち残りたいだけ。利用できるものは利用するし、捨てるモノは捨てる。それだけさ」

「それを自己中心主義って言うんだろうが。俺と何も変わらねえ」

「ふふっ。なるほどな。存外馬鹿でもないことを言う。確かに僕は君と同類なのかもしれない。ただ、僕はより腐っている。警閥色にな」

「腐っている? てめえは警閥で出世して、それで何が得られると思っているんだ?」

「名声。富。地位。そして……小学校時代の親友で最大の仇《あだ》である難波《なんば》の殺害という目的の遂行」

「難波……ああ、聞いてるぜ。おめえがクラスメイトを見殺しにした時の悪魔だろ。親友だったのか?」

「今でも親友だ」

「あ? どういう意味だ? 今はただの仇だろ」

「燕尾従八位、狩りってのはな、情けを持って行うべきものなんだよ。死人には南無三の一言ぐらい送ってやるのが手向けだ」

「そうか? 俺には理解できねえな。どうせ人間死ぬときは汚らしいんだ。奇麗にしようと飾っても無駄だと思わねえか? ああ?」

 燕尾従八位のその言葉に土喰上八位が「ふふふっ」と笑って答える。

「死に際に美しくあらねば、浄土へ行けないと聞くぞ。いや、今流行りのモーモンで言えば神の王国か」

 燕尾従八位が握り飯を半分もらいつつ言う。

「俺には神の王国に用なんざねえな」

 土喰上八位と燕尾従八位はゆっくりと食事を取ると、茶を飲み始めた。

 燕尾従八位も喉が渇いていたらしく、ごくごくと茶を飲んだ。

「良い飲みっぷりだ。これが酒なら救急車を呼ぶことになっていただろうな」

「てめえがデカい水筒を持ってて良かったぜ」

「沢にでも行って水を汲んでくるか?」

「ああ。そうしようぜ」

 丙《へい》の手の者として、金切り隊というグループがいた。モネの悲鳴という二つ名を持つ二十歳の女、土用《どよう》従八位が率いていた。

 金切り隊の特色は音を利用する戦法にある。

 まず怪音担当の者達が合唱などで相手を攻撃し、不意を打たれている間に実行部隊が止めを刺す。

 「モネの悲鳴」はその中でも強力な怪音を扱う羽の持ち主で、たとえば土喰上八位が元々いた班の琴葉従八位以上の能力を持っていた。

 よって丙《へい》の手の者は金切り隊によって首尾よく立ち回ることができていた。

 丁度甲の手の者の班を二つ潰した時、土用従八位が何か酷く強烈な怖気《おぞけ》を感じて後方へはじけ飛んだ。

 すると今まさにいたところへ鉄塊が墜落してきた。

「なにっ!?」

 土用従八位がさらに後方へ下がり、幹部の美是《びぜ》従八位らと構える。

 すると、一本の糸によってするすると一人の女が下りてきた。

 まるで蜘蛛である。

 実際逆さまの恰好をして下りてきた。

「なんだ、やればできるじゃん、モネちゃん」

 モネの悲鳴、土用従八位が冷や汗をかきつつ、つぶやく。

「敗残兵……庚《かのえ》の手の者か……」

 羽から糸を生み出している敗残兵の女がニヤける。

「丙の手の者は君らしか残ってないよ。あとはもう狩っちゃった」

「貴様……」

 土用従八位が警戒心を強める。

 そして隣の美是従八位へ問いかける。

「数はわかるか? 敗残兵は何人だ?」

「わからねえ。皆目見当もつかねえよ。いままでノーマークだった。あの蜘蛛女だけは顔を知られているがな。クラスの実技演習で教官を糸で捕縛して転がした事件で有名だからな」

「ちっ。トカゲのしっぽでも追っている気分だわ。正面に出てくるのは蜘蛛女だけで、鉄塊の攻撃をしてきた奴の顔も見えない」

「まだ昼下がりだってのに、なんでここはこんなに視界が悪いんだろうな」

「樹海なんだ。文句は言えないわよ。それより、おそらく庚の手の者は何かしらの羽の能力で姿を隠している。普通ならこのままじゃ勝ち目は無いわよ」

 美是従八位に土用従八位が言った。

「でも、問題はないわ」

 土用従八位がニヤつく。

「いくら姿を隠しても金切り隊の怪音から逃げられるわけじゃない」

 その言葉に美是も頷く。

「確かに。早速始めようぜ」

「ええ」

 そして土用従八位が怪音班に攻撃を開始するよう言った。

 怪音を発する金切り隊。

 だが――。

「甘いだよなあ、君たちは」

 蜘蛛女が怪音を発した者たちの羽へ糸を飛ばして動きを封じ、怪音を止めてしまう。

 土用従八位までもが糸に貼りつかれた。

 それから蜘蛛女は羽から巨大な蜘蛛の巣をつくり、丙の手の者達をからめとって行く。

 金切り隊の全員が捕縛され、やがて一人ずつ蜘蛛女によって羽交い絞めにされてゆく。糸で動きを封じられるのだ。

 それから、蜘蛛女は一帯を蜘蛛の巣で覆い尽くすと、

「じゃ」

 と一言言って去って行った。

 土用従八位が叫ぶ。

「待てぇ! 蜘蛛女ぁ!」

 その口も蜘蛛女が最後に放った糸で封じられてしまう。

 こうして丙の手の者は全滅したのであった――。

 その頃、悪魔教団は土喰上八位を追う途上で他の天使たちとばたりと出くわした。

「……天使か――」

「悪魔……」

 出会ったのは甲の手の者。キリギリスたちであった。

 巌虎が冷静に言う。

「伏本、あの中に土喰はいるか」

「いや、いません」

「ならば、ただの雑魚だな」

 キリギリスたちが歯を食いしばって――笑った。

「ようやく獲物にありつけたぜ。よう、元気か? 悪魔ども」

 長兄のモクイチが言った。

 キリギリスたちは猛々しく殺気立っている。

 それに対して悪魔教団は平然としていた。

「子どもに『はしゃがら』れてもな」

 そう伊藤というひょろ長い男が言った。

 その時、甲の手の者の中で唯一、河野従八位だけが冷や汗をかいて言った。

「駄目よ、キリギリス。あいつらと戦っては駄目」

「あ? なんだよ、河野」

 モクイチが言った。

「あいつら……血痕が全くない。……いままで狩ってきた天使をやすやすと殺した証拠よ」

「大丈夫だろ。そら、毒液だ。弟ども! やるぞ!」

「「「おう!」」」

 河野従八位が止めようとしてもキリギリスは攻撃を始めてしまった。

 それを受けたのは――。

「巌虎様、ここは私にお任せください」

 脂肪の塊のような醜い女であった。

 通常の人間の四倍は体重があるだろう。

 その女は巌虎に、

「司東《しとう》、頼んだぞ」

 と言われた。

 司東はおぞましく黒い羽を広げ、そこから黒い風穴を生み出した。

 司東の羽に宿っている風穴に吸い込まれて行くキリギリスたちの毒液。

 モクイチは一気に警戒心を強くした。

(なんだ? 見たこともねえ能力だ……。まるで、ブラックホール……――)

 そして司東が巨体をのそりと動かすと、風穴からあらゆる凶器が吹き飛んできた。

 ハサミ。

 キリ。

 日本刀。

 アイスピック。

 ナイフ。

 ナタ。

 鎌。

 斧。

 諸々。

 それらに切り裂かれる天使たち。

 何とか意識を維持できていたのは河野従八位のみであった。

 他は倒れた。

 生死は不明である。

 河野従八位は逃げようとした。だが――。

 

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