警閥に燃ゆ

↑「あとで」は、しおり代わりに使えるよ↑

 モクイチの場合はそれがさらに蒸発して毒霧となる。ガスマスクさえ身に着けていれば問題はないが。

 モクニの場合は毒に高温が宿っている。火災を起こしてしまうのだ。

 モクサンの場合は逆に極度に低温である。

 モクヨの場合は唯一解毒剤を生成することができる。

 アイスコーヒー派の連中は合法ドラッグであるポルナリンを摂取しているので、いつでもハイだ。

 この時も戦いが始まった途端に、

「ヤッフ――――――!!!!!」

 と雄たけびを上げる者達ばかりだった。

 士気の高さでは相当な厄介者である。

 キリギリスたちは慎重に羽を羽ばたかせて攻撃の準備をしながら距離を取った。

 モクイチが羽を大きく広げた。

 真白のそれはさび色の毒液を羽に帯びさせて、羽ばたきと共に劣化毒を飛ばす。

 一人では点攻撃になっても、四人で劣化毒を飛ばせば面攻撃となる。それにやられるアイスコーヒー派の者達もいた。だが、大抵は木の裏に隠れた。

 豊山従八位が豊洲従八位へ言った。

「作戦は?」

「あるかよ」

 豊洲従八位へ言い返した。

「なら、ごり押しだな」

 豊前従八位がニヤリと笑う。

 彼は羽を広げ、鋼鉄の液体を自在ににじみ出させた。

「これで壁を作る。後は豊洲従八位、お前に任せた」

「ほいさ、っとな」

 鋼鉄の壁が発せられ、その裏に豊洲従八位が隠れた状態でキリギリスや甲の手の者達の真っただ中へ突っ込む。

 それからは豊洲従八位の独壇場だった。

 豊洲従八位の羽の能力は「千手観音」。

 千の腕を生やし、羽によって相手を吹っ飛ばす。

 一人で五百人の格闘家がいるようなものである。

 羽の伸びる範囲も広い。

 甲の手の者達は混乱状態となった。

 そうなれば丁の手の者達が次々と突撃していく。

 乱戦の中、「千手観音」によってキリギリスたちは毒液を飛ばす隙がなく、格闘戦を強いられており、劣勢であった。

 だが、甲の手の者の中に、格闘のプロフェッショナルがいた。

 隠れた実力者であった。

 「河野《こうの》従八位」という女であった。

 河野従八位は羽を広げると、その羽で攻撃した相手へ爆発物を付けた。模擬戦ということで、気絶させる程度の爆発物だが、それを食らった者達が次々と倒れて行った。

 だが、豊洲従八位の千手観音と格闘戦となると、容易な相手ではないと判断してさらに高く木を登り、大声を発した。

「キリギリス! 今はまだあなた達を失うわけにはいかない。ここは逃げるわよ!」

 河野従八位がそう言ったので、キリギリスたちが舌打ちして逃げ出す。

 甲の手の者たちの多くは樹海の北東方向へ逃げて体制を整えることとしたのであった。

「――甲の手の者と丁の手の者たちは痛み分けとなったか」

 戊の「ダ・ヴィンチの贋作」は偵察してきた戊の手の者から状況を聞いた。

「さしあたって、悪魔たちと最初にぶつかるのは丙の手の者かもしれないな」

 他の戊の手の者たちは悪魔狩りへ西へ向かってしまっていた。いずれ丁の手の者らと衝突するだろう。

 ダ・ヴィンチの贋作こと真和場《まわば》従八位は慎重に事を進めようとしていた。他の者達は悪魔狩りを行おうとしているが、最初はあまり誰ともぶつかりたくない。

「真和場従八位、どうしますか?」

 隊の多田従八位という男がひそりと問いかけてきた。

 まだここらには戊の手の者達が少なからず残っている。

 その者達にすら隊の行動を悟られたくないのだ。

「悪魔どもは避けますか?」

「そうすべきだろうな」

 だがその時、戊の手の者達とは別の者が接近してきた。

 

 ――燕尾従八位だ。

「燕尾従八位! 我々はお前と戦う気はない! 速やかに去れ!」

 燕尾従八位が巨木の上を走り寄ってくるのを見つけた真和場従八位が大声を発する。

 だが――。

「去れ去れっていわれるほど、むかつくんだよなぁ!!!! 下っ端ぁあああああああ!!!」

 燕尾従八位が羽を生やして屍種をまき散らす。

「屍爆《しばく》!!!」

 屍種が付着した場所から爆発的に成長し、ツタの網をようなものを形成する。

 その上を燕尾従八位は突っ走る。

「ちっ」

 真和場従八位が舌打ちをした。

 それから二人は一騎打ちとなる。

 まず真和場従八位が羽を広げ、岩石を隕石のように呼び起こして降らせた。

 同時に真和場従八位の手の内からも岩石を飛ばして燕尾従八位を挟み撃ちにした。

 だが、それも燕尾従八位にとっては大した技ではなかった。

「しゃらくせえええええええええ!!!!!!!」

 燕尾従八位が屍種をすべての岩石へぶつけ、そのまま爆ぜさせる。

 文字通りの爆発であった。

 ニトログリセリンを含んだ屍種をまき散らしたのだ。

 その爆発に真和場従八位が吹き飛び、気絶する。

 戊の手の者たちが戦慄する。

 そして構える。

 燕尾従八位は狂暴な笑みを浮かべて叫ぶ。

「かかって来い、三下ぁあ!!!!」

 一方壬《じん》の手の者は――。

「弱ぇなあ、お前ら」

 川西従八位と馬場従八位が地面に倒れていた。

 壬の手の者は全員倒れていた。

「この……糞、が……」

 川西従八位が掠れた声でなんとか唸る。

 相手は――。

「敗残兵に負ける気分はどうよ」

 敗残兵。

 庚《かのえ》の手の者達であった。

 敗残兵。

 いままでは静かだった一派。

 だが、その実態は底知れないものであった。

「さて、次はどこを狩るか」

 敗残兵たちが動き出す――。

 土喰上八位は班を動かして、北に隠れていた。

 すると、そこへ一人の人間が近づいてきて、土喰上八位は誰だろうかと目をより細めた。

 元々糸目なので、自然と眼光が厳しくなる。

 それは、はじめ、ただの人間に見えた。どこかの手の者の天使だと思われた。

 だが、

「お? 天使じゃーん! ラッキー!」

 その言葉で土喰上八位は全てを理解した。

「――悪魔か。単独で動くとはな」

 土喰上八位の部隊とぶつかったのは「野ブタ」という悪魔であった。

「名乗るぜ。俺は野ブタ。お前たちは?」

 野ブタが言った。

「……班長の土喰上六位だ」

 土喰上八位が答えた。

「へえ。じゃ、……戦おうぜぇええ!!!」

 野ブタが黒い羽を広げる。

 それを見て、班員たちが怯えるが、土喰上八位は冷静であった。

「哀れな……」

 そう一言言って、自分も羽を伸ばした。

 それは真白の羽であったが、すぐに純銀色に変色し、大きく、広く、鋭く、攻撃的になって行く。

「磯場」

 土喰上八位は磯場従八位を呼んで言った。

「この場は任せてもらって良い。班員と離れていろ」

「いいのか、土喰上八位」

「ここからは僕のオンシーズンだ」

「……分かった」

 そして土喰上八位と野ブタが地面に降り立ち向かい合う。

 野ブタの羽は赤い血がよく見える血管を通していた。

「羽毛が少なく、血管が浮き出ている。警察学校で学んだ授業が正しいなら、膂力強化型の羽か」

「おお良く勉強してんじゃん。さては平和ボケした優等生ちゃんだな、お坊ちゃん」

「……なんだ。存外面白いことを言う。悪魔という奴も意外とユーモアのセンスがある。ただの人間に混じって暮らしていくための知恵か?」

「お前のその羽……見たことがねえ。銀……か?」

 土喰が純銀の羽を撫でつつ、片頬で笑って野ブタと会話を続けた。

「知っているか、小僧」

 土喰上八位が野ブタへ言った。

「何をだ。坊ちゃん」

「世間には年功序列ってもんがあるんだよ。お前、精々高校生だろ。こっちは成人してんだ。敬えよ」

「……坊ちゃん呼ばわりがそんなに癪《しゃく》か? ケケケ」

「……」

 土喰上八位が冷めた瞳で野ブタを見つめる。

「はあ……」

 そしてため息を吐いた。

 野ブタがイラついてがなる。

「ああ!? たかが二、三歳の差で偉ぶるなよ」

「そうではない」

「は?」

「そうではないんだよ、小僧」

 土喰上八位がさも優し気に言った。

「少しは礼儀をわきまえていれば、見逃してやるつもりもあった。だが、もうお前は決まってしまった。命運が決まってしまった。お前はもう死ぬしかない。それも、僕の糧となれ」

「糧? どういう意味だ?」

 ――!!!

「ぎゃあああああ!!!!」

 野ブタが悲鳴を上げる。左腕をもぎ取られたのだ。

 もぎ取ったのは土喰上八位の純銀の羽である。

「わめくなよ。どうせ悪魔なんだ。腕一本ぐらいじゃ死なないだろうが」

 土喰上八位が冷めた声で言った。

「ここにはもう班員はいない。安全圏まで下がってこちらの様子も分からないだろう。さて……晩餐会を始めよう」

 そして純銀の羽がもぎ取った野ブタの左腕を手に取る。

「ば、晩餐会?」

 野ブタが苦痛に耐えつつ問いかける。

「そうだ」

 そして、土喰上八位はその悪魔の左腕の肉を――食い荒らした。

「っっっ!!!」

 野ブタが冷や汗を流す。

「き、貴様ぁ! 天使の身で、悪魔の肉を食うのか!」

「どうした。声が裏返っているぞ。今更世間が怖くなったのか? 小僧」

 そして、骨だけになった腕を捨て、土喰上八位が舌なめずりをする。

「まだだ」

「な、なにがだ」

「まだ、食い足りない。僕は天使――悪魔を食う生き物だ」

「悪魔を食べる天使なんざいてたまるか!」

 野ブタが甲高い声を上げて逃げ出す。

 その逃げ場へ純銀の羽が突き刺さり、退路を防いでいく。

「逃げるな。お前にその権利はない」

「このっ、舐めるなよ、カニバリズム野郎!!!!」

 野ブタの羽が両腕に重なって一体化し、黒く巨大な腕となって土喰上八位へ殴りかかる。

 が、それは純銀の羽によって容易に跳ね飛ばされてしまった。

「せっかくの晩餐会だ。ゆっくり食べさせてもらいたいが、班員が待っている。脳みそを見晒せ。脳みそ見晒せて吸わせろ。そうすれば食事は終わりにしてやる」

「んなことさせな――」

「五月のハエよりもうるさい奴だな」

 ――!!!

 純銀と黒い腕が交差し、そして……。

「膂力のすばらしさは認めよう。だが、能力にあぐらをかきすぎて攻撃が単調だ。少しは格闘技でも習え」

 土喰上八位が大口を開けて「モノ」にかぶりつく。

 要するに、野ブタの頭を潰して取り出した脳みそを、である。

「……――ふむ。美味い」

 土喰上八位が羽をしまいつつ言う。

「脳みそ見晒せ、と言った通り、なかなか美味な脳みそだった。南無三」

 そうして、土喰上八位は野ブタを殺害したのであった。

「磯場従八位、琴葉従八位、服部従八位、近衛従八位」

 土喰上八位が班に合流した。

 すると、班員たちはほっと安心したような顔をした。

「勝ったのですね? 土喰上八位」

「ああ。残念だが、より狂暴なのは悪魔ではなく天使であったようだ。ふふ。……可笑しなことよ。この世に天使を、と施された人種改良が争いを生み、万物を破壊しているのだから、人間は自傷行為をしているにもほどがある。大抵のまともな人間は天使になぞなるべきではない。地獄でも見て、怖くなって逃げ出すか、モンスターになるかの二択だ。わびしいことだな」

 土喰上八位の言葉に、班員たちは理解できているかあやふやな顔をしていたが、安堵だけは確かなものであった。

「……」

 死体となった野ブタを見て、沈黙している集団がいた。

 悪魔教団だ。

「野ブタはなぜ一人行動をしていた?」

 蒼い巌虎が眉をひそめる。

「野ブタは偵察をしてくると言って先行していましたが」

 伊藤が答えた。

「伏本」

 伏本と呼ばれた悪魔が前へ出る。銀髪の麗人であった。

「はい、巌虎様」

 伏本が返事をした。

「誰が野ブタを殺したのか、ワタツミで見ることは出来るか」

「やってみます」

 ワタツミとは伏本の能力の一つで、その現場の過去、未来を垣間見ることが出来る。

「……――」

 伏本が顔色を悪くする。

「何か見えたか、伏本」

 巌虎が問いかけた。

「はい。……この、野ブタの脳が見あたらないのは野ブタを殺した天使が捕食したためです」

「……なんだと?」

 巌虎が重々しく体をズシリと動かして伏本を見た。

「その者の名は?」

「土喰……土喰上八位とのことです」

「土喰……その名前、忘れず、決して忘れず仇を取ってやろう」

「巌虎様、まずは他の天使たちとの戦いを優先すべきです。土喰は強大な力を持っています。悪魔教団が門出を飾るなら、一般的な天使を狩るだけでも十分です」

「いいや、それはならん。土喰は必ず狩る」

 巌虎が闘志に火を点けた。

 もうこうなると巌虎は止まらない。

 土喰は必ず巌虎と対面することとなるだろう。

 一方、悪魔教団を追う丁のアイスコーヒー派の者達。

 先頭を頭目の波瀬が駆けている。

 この波瀬という男がどんな人間かというと、それは彼の二つ名を聞けば分かりやすい。

 「完遂した努力家」。

 そう呼ばれていた。

 努力家としてできる限りのことをやりきった。

 そう噂されるほどの努力家であった。

 天才ではなかった。

 あらゆる才能を持って生まれなかった。

 だが、努力を捨てることは決してなかった。

 波瀬はごろつきたちであった天使たちへ必死に問いかけ、共に学ぼう、共に強くなろうと訴え続け、ついにアイスコーヒー派というグループを作ってごろつきを統率の取れた者達に仕立て上げることが出来た。

 アイスコーヒー派とは、彼らがグループを形成する際に飲んでいたものがアイスコーヒーであったからだというのも、良い思い出である。

 波瀬はまだ十八歳の年少である。

 それでも彼が一グループの長となれたのは、その絶え間なく繰り返される努力と、確固とした正義心による人間的魅力の成せた技であった。

 豊山従八位も豊洲従八位も、元は良い具合に肩で風を切って歩くただのチンピラであった。

 その幹部らを率いる波瀬従八位は悪魔を追って樹海の木の上を奔っていた。

 すると、

「!」

 波瀬従八位が止まった。

「止まれ」

 丁の手の者達が立ち止まる。

 波瀬従八位が合図して、丁の手の者達を止めたことにはもちろん理由があった。

「……燕尾従八位」

 波瀬従八位が構える。

 そこには燕尾従八位が立ちふさがっていた。

「燕尾従八位、一人で丁の手の者を相手する気か」

「群れることしか能がねえお前らから逃げるはずもないだろ」

 燕尾従八位が言った。

「燕尾従八位、丁の手の者は、アイスコーヒー派は強いぞ」

「例の悪魔を追っているのか」

 波瀬従八位の言葉を無視して燕尾従八位が言った。

「悪魔……確かにそうだ」

 波瀬従八位が答えた。

「それなら、試しに俺を倒してみろ」

 燕尾従八位が言った、その時、

「おい」

「「?」」

 横から丁の手の者達と燕尾従八位へ声を掛けてきた者がいた。

「土喰上八位……」

 燕尾従八位がその者、土喰の名をつぶやく。

「なんだ? 土喰上八位。何か文句でもあるのか?」

 燕尾従八位が言った。

「あまり燕尾従八位に暴れられても困る。燕尾従八位、そろそろ一匹オオカミは辞めたらどうだ?」

「なんだ? お説教か?」

「いいや。少し違う」

「じゃあなんだよ」

「燕尾従八位、僕と二人で班を組め」

 ざわっ!

 丁の手の者たちがざわつく。

 

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