警閥に燃ゆ

↑「あとで」は、しおり代わりに使えるよ↑

 一人は丹戸《たんど》従八位。

 羽の能力、「偏重主義」。

 相手や自分の能力を自在に「偏重」させる。

 二人目は磯場《いそば》従八位。

 羽の能力、「ガソリン」

 蒸発させた可燃物質で火を点け相手を攻撃する。可燃物質はその時々で使え分けられ、毒を帯びている場合などもある。火を点けることでばらまかれる病魔だ。

 三人目は文武《もんむ》従八位。

 羽の能力、「ヘリ」

 羽を超回転させ、飛んだり相手を攻撃するために用いる。

 この三名が残った時点で、あとはもう五人で戦い合えば終わりだと思われた。

 だが、思わぬ横やりを入れられた。

「はい。退場者多数により試合は終了。立っているクラスメイトは救護班の手伝いをすること」

 和民従五位がそう言って笛を吹いた。

 水を差された。

「ちっ」

 燕尾従八位が舌打ちをした。

 それを見てくすりと笑ってしまったのは土喰上八位であった。

(なんと率直に狂暴な男なんだろうか)

 まるで猪というのも言われて当然であった。

 土喰上八位は自室で茶を淹れていた。

 そこへノックをして入ってきたのは丹戸従八位であった。

 同じ二十歳の女子生徒だ。

「服装が野暮ったい」

 という理由から、

「ミノムシ」

 と呼ばれていた。

 彼女は今日も茶黒いスウェットを着ており、なんとも力が抜けていた。

「委員長ー、報告ー」

「ああ。掛けてくれ。ちょうど話し相手が欲しかったんだ」

「報告に来たんだよー? 雑談はしないよぉ」

「まあそう言うな。茶は飲まないか? この茶は美味いぞ」

「茶かあ。そういえば学食はミネラルウォーターばっかりだもんなー」

「ああ。それにこの茶にはフランス産の塩がよく合うんだ。日本の塩と違ってちょっと甘味があってな」

「へぇ。じゃあお邪魔するよぉ」

「ああ。寄っていけ寄っていけ」

 慣例で男女が共通の部屋に入る時はドアを開ける。

 まだ一週間しか経っていないが、丹戸従八位もそれを心得ていたので、馬鹿を侵すはずもなかった。

 そもそも土喰上八位は尼寺で育った男である。

 女犯《にょぼん》の罪で我を忘れて失墜するような質ではない。

 丹戸従八位もなまじ力があるだけに、女犯の罪は犯しようがないのでこれは単なる雑談として語られた。

「丹戸従八位、友人はいるか」

「何さぁ、突然。いるよー? この学校の同窓たち」

「僕にもね、昔居たんだ。いや、もしかしたら今も友達かもしれない」

「どんな人ぉ?」

「……可哀想な子だったよ。悪魔に生まれたばかりに悪意を暴走させてしまった。僕に出来ることは、速やかに彼を始末すること。ただそれだけだ。だから、僕は強くならないといけない」

「委員長ぉ、有名だよ? 土喰上八位が幼少期になにをしたのか、って」

「どうせ尾ひれがついているのだろうさ。ふふふ」

「いやあ、大人の悪魔を倒したって聞いてるよ。それに親友を悪魔犯罪に走らせたって」

「存外外れてもいない」

 そしてふっと笑う土喰上八位。

「ふむ」

 土喰上八位が口をにやけさせる。

「丹戸従八位め。野暮ったい外見の割に、なかなか豪気でいる。悪魔殺しの話を聞きたがるとは」

 そう心の中では思っていた。

 実際、丹戸従八位はなかなかの大物であった。

 英傑は自然と人を惹きつけるとも言うが、だとしたら丹戸従八位は英傑の才があるのだろうとも思われた。

 丹戸従八位はミノムシとは呼ばれていたが、かなりの人たらしである。

 人たらしにはいくつか種類があると土喰上八位は思っていたが、丹戸従八位の場合は人を安心させるタイプの人たらしである。

 これで「偏重主義」などという一風変わった羽を持っているのだから、当然注目される。そして人たらしは注目されればされるほど、輝く。

 丹戸従八位は敵に回してはならない。

 それが土喰上八位の直感であった。

 逆を言えば、丹戸従八位を味方に付けることが出来れば、あらゆることが可能となるだろう。

 こんな警閥の末端の末端。警察学校の一つに過ぎないところですら、権力争いが生まれているということを意味する思考法であった。

 そうだ。土喰上八位の思考はまったくもって権力闘争のそれであった。

 彼にとって上へ登るということがなによりも大事、と言ってもよかった。

 上へ行けば行くほど、難波との接触の可能性は上がる。

 難波は、蛇五の言葉によれば「安全なところにいる」と言っていた。

 すなわち悪魔にも統率の取れた、と言わないまでも集団が生じている可能性がある。

 そんな厄介な連中と渡り合うには警閥の中枢の鍵を握っておく必要がある。

 ただの雑兵では困るのだ。

 そういう理由で、土喰上八位は警察学校の頃からすでに権力闘争の中へどっぷりと手足を浸そうとしていたのであった。

「ふっ」

 土喰上八位が自嘲する。

(これが天使の在り方かね)

 まったくもって滑稽なことだ。

 だが、――愚かでなければ、人ではない。

「丹戸従八位」

 土喰上八位が茶を淹れつつ言った。

「なぁに?」

 丹戸従八位が答えた。

「君は燕尾従八位についてどう思う?」

「燕尾従八位? 暴れん坊に見合うだけの実力はあるな、と思っているよぉ」

「君と戦ったら、どちらが強い?」

「時と場合によらず、燕尾従八位だと思うなぁ。あれはもう一段階上の実力だよ」

「ほう。まさか自分を過小評価しているわけでもあるまいに。君は正直な人間だからな」

「うん。本気で言ってるよぉ」

「ふふふ。存外君とは気が合いそうだ。実は僕は燕尾従八位と戦ってみたいとは思っていても、勝ち目があるか疑問なのだ」

 土喰上八位が微笑みながら茶を丹戸従八位へ差し出した。

「故郷の愛宕茶だ。飲んでくれ。美味いぞ」

「ふーん……この一杯を飲むかで何かの判断でもされてしまう、とか?」

「なるほど。察しも良い。丹戸従八位、もし燕尾従八位と戦う時、僕に協力するつもりがあるなら、この茶を飲んでくれ。十秒以内に手を付けなければ共闘はなくなるが、友情だけは保ちたいと思う」

 そして土喰上八位が数え始めた。 

 十。

 九。

 八。

 丹戸従八位は額に人差し指を押し付けて悩んでいる。

 七。

 六。

 五。

 丹戸従八位が腕を組んでさらに悩む。

 四。

 三。

 二。

 い――。

「一」

 と言う直前に、丹戸従八位は湯飲みを手にした。

 そして丹戸従八位はそっと言った。

「そういうことだよ。分かった?」

 土喰上八位が頷く。

「ああ。ありがとう」

 一つ、言い忘れていたことがあった。

 同窓の中でもひと際目立つ存在として、磯場従八位があげられる。

 この磯場従八位は、「猫」である。

 隠喩などではない。

 本物の猫だ。

 猫の品種改良が施され、知性を得た猫。

 それが磯場従八位であった。

 土喰上八位が磯場従八位と最初にコンタクトを取ったのは、校舎の片隅の喫煙室で煙草を吸っていた時のことであった。

 その横を磯場従八位が通りがかったのだ。

 磯場従八位は三毛猫である。

「お、やあ、磯場従八位」

 土喰上八位が話しかけると、磯場従八位は振り返って野太い男の声で、言った。

「なんだ、土喰上八位か。茶坊主の割に煙草なぞ嗜みおって」

 磯場従八位のその言葉に土喰上八位が苦笑する。

 それから土喰上八位はソファに座り、磯場従八位を向かいの席に呼んだ。

「磯場従八位、少し話でもしないか」

「土喰上八位、俺は無駄な喧嘩はしない質だぞ」

「なんだね? 藪から棒に」

「どうせ派閥闘争の件だろう。なら俺は無関係にさせてもらおう」

「ほう。磯場従八位、では君はなんのために警閥へ入ったのだ?」

「猫にも出来ることがある。それを突っぱねている内に自然とこの流れとなった」

 それだけだ。

 磯場従八位はそう言った。

「だが、目的が無ければ成功もない。猫の意地を見せたいなら、猫の目標が必要だろう」

「……」

 磯場従八位がそう言われて警戒しつつ向かいの席に座った。

「俺になにか目標をくれるのか」

「それは生き甲斐ともなる目標、という意味かね?」

「まあそうなるかもな」

「なるほど……」

 土喰上八位が、

「ふむ」

 と腕を組む。

 そして言った。

「君を公安の人間として取り立てるよう、将来的に工作する。君は天使を見張る天使。人間以上に重要なポジションに就けるわけだ」

 土喰上八位が言った。

「なるほどな……。確かに面白みがありそうな提案だ」

 磯場従八位が言った。

 そして続けて言う。

「なにを差し出せばその願いを叶えてくれる?」

「僕の作った派閥の幹部となってくれ。取り急ぎ、十名ほどを指揮下に入れておこう。それを管轄してくれ」

 もうすでに雑兵は派閥へ入れていた。

 土喰上八位の狙いは同窓の者の一致団結と権力体系の確立であった。

 そしてそれには強力な天使が不可欠だ。

「僕は強い天使をなによりも欲している。君には幹部として派閥を盛り上げてもらいたい」

 土喰上八位が最後に接触したのは文武従八位であった。

 なぜ最後になったかというと、彼がいっぱしに派閥を形成しようとしていたためであった。

 そこで、土喰上八位は真冬の空の下、煙草をくわえつつ近くの皇居を散歩して、考え事をしていた。

 文武従八位の派閥を取り込んでしまいたい。

 しかし、どうするか。

 ただのごり押しという手もある。

 数では圧倒的にこちらが有利だ。

 だが、文武従八位は、

「三十人分の武力」

 の持ち主だともっぱらの噂であった。

 親衛隊をいつも張り付けていて、仲間に取り入れるために襲うのはこちらにもリスクがある。

「ふー……」

 土喰上八位は考え事に耽る――。

 文武従八位の派閥は五十名ほどだ。

 文武従八位自身はいつも五名程度の護衛を付けて行動している。

 その時、ばたりと出会う人と出会ってしまった。

 そう。

 ――文武従八位だ。

 

「やあ、文武従八位」

「ああ。土喰上八位」

 文武従八位は皇居の池で釣りをしていた。

「こんなところで釣りなんてしていたら、官警のお世話になるぞ」

「ははは。俺は官警との接し方には慣れている。奴ら、こちらが誠意を見せれば腰砕けとなる。最初から印象が悪いから、それを一変させれば印象操作ができるのさ」

 土喰上八位は、

「それは恐れ入ったな」

 と微笑みつつ、ふと、思った。

(しばらく人を斬っていないな)

 そして、目の前の文武従八位を見た。

「土喰上八位、鯉ってのは美味い水で育てれば食えるんだぜ」

 のんきにそんなことを言っている。

(――こいつを斬ろう)

 そう思った。

 文武を斬る。

 それが土喰上八位の目下の目標となった。

 頭を失えば派閥も吸収できるだろう。

 その上で、土喰上八位は文武従八位と肩を並べて談話をしていた。

「燕尾従八位のことをどう思う?」

「燕尾従八位? どこの派閥にも入らない孤高の男って奴だな! アッハハハ!」

 良く笑う男だ。

 土喰上八位は文武従八位に好感を持った。

 そしてその上で殺すタイミングをいつにしようかと考えていた。

 就寝中がいいいか。酒に酔っている時がいいか。女に溺れている時がいいか。

 いつでもこの男を殺してみせる。

 そのための算段をつける、いや値踏みしていた、とも言えるかもしれない。

 土喰上八位は文武従八位をどうすれば殺せる相手なのかと値踏みしていたのだ。

 そのために文武従八位の意識を燕尾従八位へ向けようと思って発言していた。

 文武従八位の実力を殺しきることが出来るのは、燕尾従八位ぐらいのものであろう。

 土喰上八位は自身の羽はあまり信用していなかった。

 土喰上八位の信条は「個人は集団に勝てない」という点で完全に帰結していた。

 そこになんの疑いもなかった。

 だが、もし文武従八位を狙うなら、少数精鋭でないと暗殺を気取られる。

 事件としてもみ消されたのち、自分は「処分」されるであろう。

 文武従八位を斬るとはそういう危険を伴う行為であった。

 そして、土喰上八位は燕尾従八位についてこう述べた。

「彼はなかなかの男だ。僕なぞはお山の大将を気取っているが、山無しで胸を張っていられるのはよほどの自信が無いとできることではない」

 土喰上八位がそう言った。

「ああ。そうかもな。あいつはなかなかの『べらんめえ野郎』だな。俺にはあいつみたいな肩で風切って歩くおひとり様はできねえ。どうしても群れちまう」

「ふむ……。問題なのは燕尾従八位ではない。群れなければ生きていけない我々の方だ。燕尾従八位は天使の理想像とすら言えるかもしれない。闘争心の塊であることは玉に傷だが、それを補えるほどの反骨精神を持ち合わせている。……それに比べて、僕らと来たら。愚かしいことだ。我々は協力し合うべきなのに、いつのまにやら協力は支配に取って代わられている」

 それにしても、この男、どう殺せばいいものか。

 土喰上八位は試案していた。

 文武従八位も男なのだから、女と寝ている時にした方が一番油断していそうだ。

 だが、文武従八位の女癖など知らない。

 あまり探りを入れても怪しまれる。

(女の線はなしだな)

 土喰上八位がそう思った。

 酒はどうだろうか。

「文武従八位、今度一緒に酒でも飲まないか」

「いやあ、俺は下戸なんだ」

 酒の線もない。

「それにしても、いつもの護衛はどうした? 文武従八位と言えば大名行列を率いていることで有名じゃないか」

「それを言ったらお前さんだってそうだろう?」

「僕は暇だったからぶらぶらしていただけだ」

「俺だってそうさ」

 しかし、こんな公の場で暗殺するわけにもいかない。

「趣味はなんだ」

「突然なんだ?」

「いや、ふと気になってな」

「変な奴だな」

「ふっ、僕にだって人と触れ合う権利はあるし、質問もすれば談話もする。下卑た行為をしなければ、大抵の人間は真っ当とされるんだ。馬鹿げているのは天使が精神的にも浄化されていると、今でも世間一般に信じられている節があることだ。我々天使は悪魔を殺すし、警閥内で権力争いもする。人恋しい春にも血なまぐさい生き方が似合う天使どもに、乾杯でもしたいところだ」

 土喰上八位が舌なめずりをする。

 この男、殺すなら風呂に入っている時だ。

 そう決断したのは、文武従八位が、

「俺は風呂に入るのが趣味みたいなものだな」

 と言った時のことであった。

 土喰上八位は席を立つと、

「じゃ、また今度会おう、文武従八位」

 と言った。

「ああ。また今度な」

 そうして別れてから、土喰上八位は警察学校へ戻り、精鋭を集め始めた。

 土喰上八位が集めた精鋭は五名。土喰上八位。丹戸従八位。磯場従八位。それに川西従八位という男と馬場従八位という女の構成である。

 狙ったのは文武従八位が風呂に入っている時であった。

 警察学校の外の公衆浴場にて、殺害計画は実行された。

 まず文武従八位が風呂に入ったのを確認してから、覆面をし、ガスマスクをつけて川西十八位が斬り込んだ。

 頸椎羽を発現させて、「硝子」《がらす》という技でガラスを自由自在に操り、入り口を分厚く塞いだ。

 そして馬場従八位が「昏倒煙」という羽の能力を使い、ガスマスクをしている襲撃者たち以外の意識を混濁させる。

 それでも文武従八位は抵抗しようと羽を発現させたのだから、やはり気骨と言い、実力と言い、素晴らしい男だ。

 でも。

「でも、上には上がいる。――それが僕だ」

 土喰上八位が羽を伸ばす。

 土喰上八位の羽の能力は「純銀」。

 自由自在に強度、軟度を変え、扱うことができる。

 その羽で文武従八位の首をはねた。

 それからは別々に逃走して、平気な顔をして翌日寮に戻った。

 翌日、文武従八位の葬式が開かれた。

 土喰上八位たちは黙とうをして、文武従八位の死に敬礼をした。

 その後、文武従八位の派閥は土喰上八位の派閥に吸収された。

 

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