警閥に燃ゆ

↑「あとで」は、しおり代わりに使えるよ↑

 蘇我も羽を生やして言う。

「ああ、そうだ。なかなか気に入っている」

「その能力、知ってるぜ。前に闘ったことがある。悪魔の司東っていう女が似た能力で『食欲』ってのを扱っていた。お前もその風穴に吸い込んだものを食うのか? ああ?」

「いや? 私はそんな下品な食事はしない。風穴はただのブラックホールだ」

「へえ……。健康的だな」

「なんとでも言え。どうせすぐお前は風穴に体を食われるだけだ」

「あぁあ。三下が吠えちゃきゃんきゃんうるさいぜ」

「三下かどうかは――これから決めるなきゃ、わからねえぞ!!!」

 蘇我従四位が腕に風穴の能力を宿らせてその手の平で燕尾従七位を「食おう」とする。

 だが、

「あのなぁああ……蘇我ぁ! 三下は三下らしく、分《ぶ》ってもんをわきまえねえと、こういう目に合うんだぜぇえええええ!!!」

 燕尾従七位が屍種の能力を腕に宿して蘇我の拳と殴り合う。

「!? なぜ吸い込めない!?」

 蘇我が動揺する。

 もちろん、屍種の能力で風穴の能力が狂ってしまっているのだ。

「十回だ!!」

「あ!?」

「蘇我ぁ!!! 十回殴り終わったら、お前は風穴は完全に暴走させ、お前自身を吸い込む!! そらぁ!!! 一撃ぃいい!!!」

「な、なんだ、貴様!!! その能力はなんだ!!! 何て狂暴な能力なんだ!!!」

「良く知りもしない知らない能力に殺されてゆけ。そら、二撃ぃ!!!!」

「私は死なないぞ。死なないぞ、燕尾ぃいい!!!」

「だったら一生異空間で生きてろ、三撃ぃいいい!!!」

「糞くらえ、燕尾ぃ!」

「ほざけるだけほざけ、四撃!!!」

「吸い込め!! 風穴!!! 今すぐ燕尾の野郎を吸い込んでしまえぇええええ!!!!」

「無駄だ三下ぁ! 五撃ぃ!」

「糞が! こんなはずでは――!!!」

「だから、全て無駄だって言ってるだろ。六撃ぃいい!!!!」

「あっていいものか! そんな謎の能力! お前はあってはならないんだ! 大人しく死ね!」

「こっちの台詞だ、七撃ぃいい!」

「この、餓鬼がぁ!」

「その餓鬼にやられるてめえはただの屑だ。八撃ぃ!!!」

「こんの――ゴミ屑がぁ!!!」

「それは――てめえのことだぁあ! 九撃ぃいいいい!!!!」

 そして、

「燕尾ぃいいいいいいいいいいいいいい!!!」

「ウラアアアアアアアア!!!!!!」

 ――十……撃!!!!!

「糞がああああああああああ!!!」

 蘇我従四位が叫びながら風穴に吸い込まれて行く。

 最後に屍種を一つスマッシュで腹に打ち込みつつ、燕尾従七位が叫ぶ。

「これで――おめえの汚物みてえな顔ともさよならだぜ、なあ、なあ!!? ああ!!? そうだろ、蘇我あああああああ!!!!」

 そうして、燕尾従七位は――蘇我従四位へ軽々と勝利したのであった。

 土喰上七位の腕は二日寝れば治った。

 ちなみに、この時期にクラス替えが行われて、

 甲《こう》。

 乙《いつ》。

 丙《へい》。

 丁《てい》。

 戊《ぼ》。

 己《つちのと》。

 庚《かのえ》。

 辛《しん》。

 壬《じん》。

 癸《みずのと》。

 の十クラスに分けられた。

 あの昇任試験での配属に変えた方がいいと判断されたのだ。

 軍刀を腰に差した土喰上七位が大名行列を連れて寮内を歩き、喫煙スペースで葉巻を吹かしていると、乙《いつ》のクラスから丹戸上七位が出てきた。ここは寮内の自習クラスの前の喫煙スペースであったのだ。

 そして、丹戸上八位が土喰上七位を見つけて歩み寄って来た。

「どうもぉ、委員長ぉ」

「丹戸上八位、修練の方はどうだ? はかどっているか」

「もうばっちし」

「強くなれよ。いつまでも平和ボケしていられるほど穏やかな世界ではない。この警閥という組織はな」

「組織にいきる女の実力をお見せしたいぐらいだよぉ」

「それもいいな」

「うん」

「だが、無闇に危険な目にあえ、というわけではない」

「よく言うよぉ。自分は腕を複雑骨折して、訳も話さないくせにぃ」

「男の子にだって秘密があるものだ。ふふふ」

「けちんぼ」

「悪いな、丹戸上八位」

 そうじゃれあっていると、己《つちのと》の自習クラスから日栄上八位が出てきた。

 野花の隊長である彼女は多聞衆の頭目である丹戸上八位と仲が良い。

 意見も主張も信条も通じるものがあった。

 三人はソファに座って談話を始めた。

「土喰上七位、野花に一時的に暇を出すから怪我をなさるのです。一度ご自身の身の上を考え直した方が良い」

 日栄上八位がそう言った。

 茶坊主の土喰上七位は抹茶を点てるわけではないが、緑茶を入れて微笑んでいた。

「日栄上八位、ドンにはドンで、秘密があるのだ。自由にしてやらせてくれ」

 そこへ甲のキリギリス四兄弟や丙《へい》の金切り隊もやってきた。

 一同は酒の席となった。

 安い酒に安い煙草。

 それが下級警官の彼等の常であった。

 唯一土喰上七位のみは少々高い葉巻を吸っていたが、酒はニッキウイスキーであった。安物だが、

「ふむ……」

 存外、悪くない。

 そう思って土喰上七位は段々と増えて行く酒宴仲間たちを眺め、平和に愛着を持ったものであった。

 そこら中でタバコを吹かしながら酒が嗜まれている。

 葉巻の者もいる。

 この中で秩序を保つためには、絶対的なドンが必要だ。

 土喰上七位はモーモンでの出世を固く決意するのであった。

 

 燕尾従七位は休日に公園で一人、煙草を吹かしてベンチに座っていた。

「寒ぃな」

 ふと、そう思った。

 この公園からは海が見えた。

 潮風に目がシバシバする。

「今、公安五課はごたついていて、ほとんど半身不随のようなものか」

 独り言を言う。

「ということは、しばらく喧嘩相手もいねえなあ」

 そう言えば、土喰上七位が上級生と戦わせてくれると言っていた。

「派閥の力を借りるのはしゃくだが、満更でもねえ」

 燕尾従七位はその時、飛んできた野球のボールを頸椎羽で瞬時に防御した。

「ああ? なんだ?」

 燕尾従七位が疑問に思う。

 こんな海の近くで野球をやる子供などいるのか。

 と、思えば相手はどうやらわざとボールを投げつけてきたようだ。

 相手は元気の良い快活そうな男児であった。

「兄さん、公園に来て座ってるだけじゃ公園のプロとは言えねえぜ!」

「お前……なんだ? 公安五課の人間でもあるまいし」

「公安五課? 何のことかわからねえけど、とにかくボールを投げ返してくれよ」

「ああいいぜ。受け止められるならな」

 そう言って頸椎羽でボールを投げ返す燕尾従七位。

 ボールは空高く打ち上げられた。

 男児がそれを見上げ、声を上げる。

「あらら。兄さん、天使みたいだけど、なんでも羽で片づけちゃいけねえよ。キャッチボールもできねえじゃんか」

「なんだ、餓鬼。キャッチボールがしたいのか?」

「うん」

「平和ボケしていやがるな。悪魔に殺されても文句を言えねえぞ」

「この国で生きる以上、いつでも死ぬ覚悟はできているさ」

「……」

 ――この国では死ぬ覚悟をしなければ生きていけない、か。

 燕尾従七位は煙草を携帯灰皿に潰して、言った。

「芋は好きか」

「え?」

「焼き芋だ。もう少し待てばこの公園に屋台がやってくる」

「なんだ。よくここを知っているんだな、兄ちゃん」

「餓鬼、俺も少しばかり金を稼いでいる。家系も悪くないしな。小銭はあるから焼き芋を奢ってやるよ」

「……いいの?」

「ああ。だからもう少し待て」

「じゃあ隣に座らせてよ」

「おう」

 羽をしまった燕尾従七位は横につめた。

 すると、少年が座った。

 燕尾従七位は続けて二本目の煙草を吸い始めた。

「兄ちゃん、野良かい? 官警かい?」

「官警だ。まだ警察学校を出ていないがな」

「まだ人間を殺したことは無いんだな。それは良い事だな!」

「……いいや。人間はずいぶんと殺した。生憎、組んでいる奴が昇進のために色々厄介事をしょい込むタイプでな」

「そうか……。兄ちゃん人殺しなのか……。それは哀しいことだな」

「……天使ってのは芋に似ている。熱には強ぇが、熟すほど腐りやすくなる」

「どういう意味?」

「生物としては強ぇが、すぐに権力に腐敗するってことだ」

「天使は僕らを守ってくれるよ?」

「手柄が欲しいからだ」

「天使は国も守ってくれるよ?」

「国を動かしたいだけだ」

「天使はただのおまわりさんより偉いよ?」

「階級として偉いことが全てじゃねえ」

「……兄ちゃんは天使が嫌いなんだな。天使のくせに」

「下らない奴は嫌いだが、最初っから腐敗を知り尽くした上で下らないことにも手を染める奴は意外と馬鹿とは言えねえ。そういう人間は好きだ」

「よくわからねえよ」

「餓鬼に警閥の内部構造が分かってたまるか」

「兄ちゃんは? 兄ちゃんは出世するの?」

「突然なんだ」

「俺はこの公園を愛する天使にだったら出世してもらいたいなあ!」

「カカカ。俺はな、出世するあらゆる手段を知っていて、実力も備えている。ただし、運だけは自分じゃどうにもできねえ」

「なら、兄ちゃんが出世しない警閥は腐っているな」

「あ? 俺は聖人君主じゃねえぞ」

「でも、この公園を愛している。兄ちゃんはこの公園の主だな。それだけでも大出世だけど、警閥で大大出世してもらわねえと!」

「ふはっ。おだてるのが上手い餓鬼だぜ。お前みたいなお利口な餓鬼ばかりになれば、この国も安泰だろうよ。だが、それじゃあつまらねえ。俺は腐っているこの国が好きだぜ。意外とな」

「俺は兄ちゃんみたいに悟れねえなあ。そんな悟り、糞くらえだぜ!」

 それを聞いた燕尾従七位が哄笑する。

「お利口な餓鬼は嫌いじゃねえぜ。お前はとびきりお利口だ。だが、俺とは気が合わねえな。残念ながら」

「大抵の若者は正義感に燃えるものじゃないの?」

「時代風はそうは吹いちゃいねえ。警閥で成り上がることを目的とすることが至上の道とされているのさ。そしてそれも俺は案外嫌いじゃねえ。――おめえと違ってな」

「そんな時代風、蹴り飛ばしてやっちまってくれよ、兄ちゃん」

「悪いが、今俺は公安ともめているだけの従七位だ。お偉いさんに物を言いな」

「兄ちゃんだってきっと出世するんでしょう? だったらこの国を変えてよ」

「それはできねえ相談だ。俺は腐った国が好きで住んでいるものでな。そうでなきゃ内戦中の外国に渡ることになっちまう」

「警閥は……正義?」

「正義か悪かは知らねえな。多分どっちもなんだろうよ」

「それじゃあ警閥を好きにはなれねえよ、兄ちゃん」

「分かってねえなあ。腐っているくらいが食い時なんだよ」

「? 分からねえ……」

「ああ。分からなくていい。その方が良い」

「兄ちゃん、人間殺した時、どんな気分だった?」

「興奮。のち、退屈。その後は欲求不満」

「罪悪感とかは?」

「ねえな。そういう殺しはしねえ質だしな」

「兄ちゃんは……いや、なんでもない……」

「……。――なあ、餓鬼」

「ん?」

「あ」

 見れば、焼き芋屋台が路地を曲がってきていた。

「兄ちゃん、屋台が来たぞ。行こうぜ」

「そうだな……」

 そして燕尾従七位と少年は二人で焼き芋を食べ、お互いに名乗ることもなく別れたのであった。

 その帰り道、燕尾従七位は、

(ああいう餓鬼を守るのが、本来の俺のお仕事だったっけ……)

 と、ふと、センチメンタルに思ったが、すぐに公安五課の暗殺方法を考え始めて、それ以外のことは頭から消してしまったのであった。

 公安五課は密かに「屍の城」と「純銀の花弁」を殺害する計画を立てていた。

 そのために、とあるルートを使って二人を孤立させた。

 そのルートとはまさしく「福富氏」本人であった。

 福富氏は公安五課と取引をしたのである。

 今はどちらの味方でもあり、どちらの敵でもある。

 土喰上七位と燕尾従七位は例のアイランド団地に集合するよう福富氏に言われた。

 要件は単純である。

「公安五課とヤレ」

 公安五課はアイランド団地へ一人の天使を送り込んだ。

 相手がたかが警察学校生ということで、プライドがあってたった一人で来たのだ。

 お互いにガスマスクをしているため、顔は良く見えないが、羽は雄弁であった。

「土石流の宇田、か……――」

 土喰上七位が冷や汗をかく。

 公安五課の精鋭たちがもし残り三名そろって襲ってきていたら、おそらく勝ち目は無かっただろう。あの下っ端の蘇我従四位と町江上五位ですら強敵だった。

 だが、――。

 だが、この女は――。

「規格外だな……」

 ここから先は、ダーティープレイも通用しない本物の実力の世界だ。

 

 「土石流の宇田」。

 本名、宇田巡《うだ めぐり》

 階級、従四位。

 性別、女。

 年齢、三十七。

 羽の能力、「砂漠の熱風」。

 土と熱の扱いに特化した羽だ。

 火十字勲章、牡鹿勲章、銅獅子勲章、矢十字勲章を受勲。

「燕尾、落ち着け。本物のバケモノだ。うかつに手を出すな」

 土喰上七位が燕尾従七位へそう忠告する。

 燕尾従七位は今にも宇田従四位に飛びつきそうであったが、土喰上七位の言葉を無視するほど馬鹿ではなかった。

 そこで二人は相談し、二人で一人を相手に闘おうかとも話したが、相手が誇り高く一人で来たのだから、こちらも一人ずつ当たるべきだとなった。

 燕尾従七位が強くそう主張したのだ。

 土喰上七位としては意外であった。

 そこで最初に土喰上七位が戦う事とした。

 宇田従四位はそれをのんきに待ってくれた。

 二人がこそこそと話しているのを口笛を吹きながらそこらを散歩して待っていたのである。――肝の据わった女だ。

 軍刀を腰から抜いた土喰上七位が宇田従四位と向かい合う。

「ガスマスク、した方が良いわよ」

 宇田従四位が子供に接するように優しく言った。

「土と熱の羽であろう?」

「それは十年前までの私の羽。今は火砕流も扱えるの。火砕流にはガスも含まれるのよ」

(おいおい……)

 土喰上七位が思わずつばを飲み込んだ。

(この女は本気で火砕流まで扱えると言っているのか。だとしたら歩く災害だ。もはや人間に許された力ではない……)

 その上で、それでも土喰上七位は軍刀を重く地面に立てた。

「やろうではないか、宇田従四位」

「ええ、もちろん。土喰上七位」

「レディーファーストだ。そっちからかかって来い」

「ずいぶん余裕ね」

「余裕ではない。礼儀を守っているだけだ。僕も存外、女性に優しくするのは嫌いではないのだ。ふふ。死に際に立つと心が広くなるな。もうどうとでもなれ、とな」

「なるほどね。じゃあ、行くわよ」

 岩と土の塊が波状攻撃をしてくる。

 

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