警閥に燃ゆ

↑「あとで」は、しおり代わりに使えるよ↑

作者:渓谷塔(けいこく とう)

 


 

 人類の品種かいりょによって天使を生み出すことに成功した時代。

 だが副産物として悪魔も生み出してしまった。多発する悪魔犯罪のために国家は一時解体。警察が国家を呑みこんだ「警閥」《けいばつ》として生まれ変わる。

 汚職に賄賂、暗殺、権力闘争。

 警閥は太平の世の中の動乱期にあった。

 そんな中、一人の天使、土喰土門《つちくれ どもん》が警察学校へと入学し、同窓たちと昇任試験や暗殺を行って警察学校を修了していく。警閥物語。

 

 

「警閥に燃ゆ」

 この世には、天使と悪魔がいる。

 人類の品種改良が施された近未来。

 人類は人工的に天使を作る技術を確立した。

 生まれた人種は三つ。

 普通の人間。

 天使。

 そして悪魔――。

 そう。

 人類の品種改良は副産物として悪魔まで生んでしまったのだ。

 悪魔は頸椎羽《けいついばね》という羽を使って、悪意の塊となり人災をおこす。

 簡単に人を殺す。

 多発する悪魔犯罪に、日本は一時政府を解体。

 警察が国を治める警閥《けいばつ》国家へと変貌を遂げた。

 警閥には武装天使が配属されていた。

 天使もまた、頸椎羽で攻撃防御を行うことができる。

 土喰土門《つちくれ どもん》という少年には、親友がいた。

 難波義和《なんば よしかず》と言った。

 土喰は難波をのことを、

「なっちゃん」

 と呼び慕ったし、難波も土喰を

「つっちー」

 と呼んでくれた。

 だが、成長して小学生となると、普通ならそのまま成長するが、人種によっては羽が生えて天使か悪魔か別れる時期となった。

 そして難波は――悪魔の羽を生やしてしまった。

 土喰は難波がそれを告白しても差別をしなかった。

 二人でこの難事を乗り越えようと誓い合った。

 ――それが間違いだった。

 難波の中で悪意は止めどなく蓄積されて行き、ついには爆発した。

 今でも覚えている。

 登校した時は平和だった。

 平穏な日常だった。

 だが、お昼休みに土喰が席を立った後、教室に戻ると、そこには悪魔の笑みを浮かべた難波と、アルミ缶のようにひしゃげられてしまったクラスメイト達が倒れていた。

 血の海だった。

「なっちゃ――」

 ん、と言おうとして後ろから誰かに気絶させられ、土喰は意識を失った。

「土喰君、土喰君」

「――」

 土喰が意識を取り戻すと、そこは防音室であった。

 見れば、白蛇のような風采をした気味の悪い男が目の前に立っていた。

「なっちゃんは!? なっちゃんはどうしたの!?」

 土喰が男へ混乱しつつも親友の安否を問いかける。

「心配しなくていいよ。安全な場所にいるから。それよりも君だ」

「僕? 僕がなに?」

「これからちょっと痛い目にあってくれよ。俺、真正のサディストなんだ。ははは」

 土喰が嫌な汗をかいた。

「何をするつもり……?」

「ゲームをしようか」

「ゲーム?」

「じゃんけんで俺が勝ったら、手足を一本もぐ。君が勝ったら解放してあげるよ」

「な、なにを言っているんだ!?」

「だから、あれだよ。蟻の手足もぐの気持ちいいだろ。あれだよ。ははは」

「僕は人間だぞ!」

「悪魔の前に人権なんて語るなよ」

「悪魔!? お前、悪魔なのか!?」

「おうよ」

「……天使が助けてくれる。お前なんか、ずたずたにしてくれるんだ! いますぐに!」

 男が高笑いをする。

「助けてくれるぅ? 天使が? 今すぐに? じゃあそうなるか十まで数えてみるか? ええ?」

「いいぞ……天使は必ず、絶対僕を助けてくれる! それが、それが警閥の正義の証なんだ!!!!」

「じゃあ数えるぞ」

「え?」

 十。

 九。

 八。

 七――。

 そして一、と数え終わる前に、土喰少年は悟った。

「……分かった」

 天使は……スーパーマンではない……。

 そしてじゃんけんをすることになった。

「じゃあ、最初のじゃんけんな。じゃんけん、ぽん」

 男はグー。

 土喰はチョキ。

「はい。左腕一本もらうぞ」

「え、え!?」

 そして――。

「ぎゃああああああああああああああああ!!!!!」

 悲鳴と共に左腕をもぎ取られた。

「あっはははははは!!!!」

 男が笑う。

「楽しい! やっぱ人間狩りはこうでないとな!」

 次にじゃんけんをしようとしても、痛みでまともに身体が動かない。

 その内、右足ももがれ、次には左足ももがれ、出血多量で死ぬ直前になった。

 その時、土喰は――。

「あんた、名前は?」

 気づいたのだ。土喰は。

 天使は来てくれない。

 天使は、人は当てになどならない。

 今すぐに自分を救わないといけない。

 今すぐに。

 自分で状況を打開するのだ。

 自分で!

 今すぐに!!!!!

 土喰は炯々《けいけい》とした眼差しで男をねめつけた。

「俺? 俺は蛇五《へびい》だ」

「そうか、蛇五……」

 土喰は、沸き起こる酷く気分の悪いものに思わず嘔吐して、衣服を汚らしく汚してから言った。

「蛇五、あんたには謝らないといけない。僕は、あんたを殺すよ」

「は? 死に掛けが何言って――」

 蛇五がそう言おうとした最中、純銀色をした「羽」が蛇五の首を跳ね飛ばそうと殺到した。

 ――羽だ。頸椎羽だ。

「そうさ……! 他人は簡単に助けてなんかしてやくれない。僕が、僕が僕を救うんだ。そう。今、すぐに!!! 今この時!!!!!!」

「羽……お前、悪魔……いや、天使か!」

 蛇五が両手足を回復させていく土喰を警戒しつつ、こちらも羽を出す。蛇五の羽は「風鳴り」と言う。速度に特化した羽だ。

 だが、覚醒した土喰の羽はその上を行った。

 以下は、述べない。

 凄惨な戦いがあり、土喰が勝ったとのみ文献でも伝わっている。

 だが、その負けた蛇五という男の脳みそが食い散らかされていたことを知る者は少ない――。

 成長した土喰は警閥に入ることを望んだ。

 失踪中の難波を追うためにそれが近道だと考えたのだ。

 警閥は天使部隊を欲している。

 それに、案外権力にも欲があった。

 警閥では、まず警察学校へ入ることとなった。

 同窓たちは愉快な人々が多かった。

 みな正義漢であったし、男女混合クラスであったのだが、色恋沙汰もまた華であった。

 警察学校入学式当日。

 土喰は代表挨拶を任されることとなった。

 それは幼少期にすでに一人悪魔を仕留めているという実績による栄誉であった。

 壇上へ上がると、同窓たち三百名の顔が良く見えた。

 大きく息を吸う。

 そして、声を発する。

「――本来我々警閥の者は」

 長い代表演説が終わってから、次はクラス発表となった。

 これから共に学んでいく仲間たちだ。

(大切にしなくちゃ)

 土喰は少々はしゃいでいた。

 幼少期に陰があるからと言って、土喰がまったくもって暗い性格にしかなれなかったかというと、実はそうではないのだ。

 土喰は将来有望な武装天使となるため、輝かしい道を歩こうとしていた。

 同窓の自己紹介を受けていると、ひときわ目立つ青年がいた。

「燕尾《えんび》マダラ」

 警察学校だと言うのに初日から喧嘩をして教官に叱られていた。

 だが、マダラ自身はへっちゃらな顔をして教官にまで喧嘩を売っていた。

「話にならん」

 教官が嘆息してマダラを座らせる。

 そして初めての日のホームルームが始まった。

「一条花門《いちじょう かもん》」

「はい」

 いかにも優等生と言った感がある女子生徒が立ち上がり、挨拶をした。

 挨拶は簡素なものでよかったので、土喰も挨拶を簡素に済ませた。

 ただし、あのマダラだけは喧嘩上等とばかりに啖呵を切った。

「俺が一番だ! 文句がある奴はいつでも攻撃してこい!」

 土喰は苦笑いをする他なかった。

 教官は和民と名乗った。

 和民教官は言った。

「警閥には上一位から従八位までの十六段階の階級がある。お前たちの多くは従八位の階級を与えられる。つまり、警察学校とはいえ、学生も警閥の一員ということだ。私は従五位。以降は和民従五位と呼ぶように」

 そこでマダラが言った。

「階級を上げるためにはどうすりゃいいんだ?」

「強くなることだ。強ければ階級はいくらでも上がる」

「はっ、簡単だな!」

 マダラ、以降燕尾従八位は、土喰上八位の最大のライバルとなった。

 ちなみに土喰だけが上八位であるのは、五十一期生の代表であるためだ。

 クラス委員長でもある。 

 学校生活二日目。

 土喰上八位は燕尾従八位と煙草を吸って話をしていた。

 土喰上八位は燕尾従八位に、

「君はとかく喧嘩好きだけれど、別段頭が悪いというわけではない」

 と指摘をしていた。

 燕尾従八位はタバコの煙をくゆらせつつ答えた。

「当たり前だ。馬鹿に出世ができるか。だが、なぜそう思った?」

「警閥でのし上がるには力が要る。強くなくてはならない。喧嘩を売りまくるという行為は一見馬鹿げているようで、実はかなり実践的な出世方法だと思うよ」

「ああ、そうかい。毎日廊下に立たされている俺によくそんなことが言えるな」

「君は必ず出世する」

「例えば、いつ出世するってんだ」

「現場に出るまでもないさ。警察学校の昇任試験に受かれば、自然と昇任される」

「昇任試験か。一大イベントではあるな」

「ああ。そうだね。優勝者や二位、三位、有力者の数々までが昇任されるからね」

「今年の昇任試験にはお前も出場するのか、土喰上八位」

「ああ。僕も早く出世したいからね、燕尾従八位」

「へえ……。今年は面白くなりそうだな」

「まだ二日目だよ。それも朝早くの食堂で二人、話しているだけ。知り合えたのが嬉しいけれど、今から昇任試験のことで気をもむのは早いさ」

「気をもんでなんかいねえ」

 土喰上八位が低く笑う。

「君は威勢がいいな。天使たるもの、かくありたいものだ」

「お前は図体は小さいのに構えが大きいな、土喰上八位」

「僕はここへ来る前、尼寺に預けられていた。年頃になってもう尼寺にいられないとなって出てきたが、今でも仏の教えを忘れるつもりはない」

「はっ、悪魔狩りをする武装天使が言う事か」

「昔は猛き者こそが仏に頼ったものだ。暴力と宗教は蜜月の仲なんだよ」

「あーはいはい」

 燕尾従八位が手をひらひらとさせて不機嫌気味に足を食堂の机の上に乗せる。

「問題なのは警閥だ」

 土喰上八位が言った。

「警閥?」

 燕尾従八位が問いかけた。

「警察庁派と警視庁派に分かれて争っている。さらに軍も絡んでいる。その中でもさらに個々人で権力争いをしている。世が世なら戦争だ。いつの時代も、人が権力に魅せられることには変わりがない。まったくもって現実的な連中さ」

 土喰上八位が茶を注ぎながら言った。

「お前は警視庁と警察庁、どちらに賭けるんだ?」

 燕尾従八位が言った。

「僕は僕さ。あえて言うなら土喰派だ」

 土喰上八位が可笑しそうにそう言った。

「なんだ、坊主は世渡りが上手くて嫌になるな」

 燕尾従八位が煙草を灰皿に潰し、土喰上八位が注いでくれた茶を飲む。

「美味いな」

「くす。そうだな。尼寺から分けてもらってきた茶葉だ。愛宕茶《あたごちゃ》と言う」

 土喰上八位が言った。

 続けて土喰上八位が言う。

「それにしても世を憂う心が結果的に悪魔を作ってしまったというのは、ふむ、なかなか皮肉だな」

「最初は天使だけを作るつもりだったんだがな」

「大抵の人間のすることはそうだろうさ。発明し、悪用されたり事態を悪化させ、そしてまたそれを治すために発明する。科学者というものは前に進むこと以外能が無いと言えばそこまでだが、文明の発展は弊害を伴うものであったというのが、簡単なあらましだろうな」

 土喰上八位がもう一杯茶を注ぐ。

 今度は自分でそれを飲んだ。

「湾都の建設はほぼ完了しようとしている。湾都はこれから荒れるぞ。天使も悪魔も集まる」

 湾都とは、東京湾に作られた新たな都市部であった。

 ちなみに警察学校は湾都の外に配置されている。

「湾都は警閥のお膝元となるだろうな。だが、悪魔もまた人を求めて雑多なあの街を隠れ家にするだろうさ。そうなれば、天使と悪魔。戦争となる。いつの時代でも男の子はやんちゃが好きなものだな」

「おい土喰上八位、笑ってんなよ。俺は警閥のテッペンに立つ男だぞ。見習え、坊主」

「……人にとって我欲とは友にも敵にもなる。人とはまさに愚かしさが生んだ長兄。母を愚かしさとするからこそ、我欲ともつながりが深い。だが、それが人間の面白さでもあるのだから、世が太平となり難いことも頷ける」

 土喰上八位が言った。

「坊主は言う事が気取ってるな。けっ」

 燕尾従八位が言った。

「どうせ暴れるなら派手に暴れた方が良いに決まってる。坊主、お前も暴れる準備をしておけよ」

 続けて燕尾従八位が言った。

「僕は階級上は君の上だよ」

「ただの委員長だろうが。俺は怖かねえよ」

「ふふふ。それは当たり前と言えばそうか。君は勇敢だな」

「勇敢? 妙な褒め方をするな」

「僕は妙だとは思わない。心が強くて体も丈夫。才能に恵まれているが、努力も忘れない。少し教えればすぐに修得する。物覚えも良くて働き者だ」

「どうしてまだ二日目でそんなことが言えるんだ」

「例えば君の自己紹介や寮での生活を見てみれば、すぐに君が案外手堅い人物なのだと気づける。後は力を制御する技を身に着けることだ。君はまだ、そこまでは手が回っていない」

 土喰上八位が言った。

 茶をもう一口ゆっくりと味わいつつ、土喰上八位は続ける。

「君はどうあがいても君自身を抑えなくては前へ進めないだろうさ」

「俺がどう生きるかは俺が決めんだよ!」

「ふっ。まるで熊と猪だな」

「あ? 熊? 猪?」

「鼻が利くが臆病な熊と、鼻はデカいが猪突猛進ばかりの猪。僕と君だ」

「ああ!? 喧嘩売ってんのか!!!」

「そのジビエ臭さが命を救うこともあるが、逆もある。燕尾従八位、身の振り方には気を付けた方が良い」

「だから俺がどう生きるかは俺が――」

「――いいや。君がどう生きるかは君ではなく警閥が決める。少なくとも、今のままではな」

「なん……でだよ」

「警閥は巨大だ。国家そのものと化した警察機構。その前では溺れ死ぬことが当たり前。世はまさに太平の中の動乱期。仇花の咲き誇る世であることさ。……警閥の巨大さは、人を潰す」

「ざけんじゃねえ。俺は俺だ。必ず俺らしく生きてやる」

 燕尾従八位はそう言い切った。

 そして不機嫌にネクタイを締めた。

「……それも人の本能ではあるだろうがな。だが、もっとも重要なことは、どうあがいても我々人間は、完全な天使にはなれないということだ。――天使。面白い響きだな。輝かしく、神々しく、清いように聞こえるが、その実は人殺しの集団だ。すくなくとも警閥の天使はな」

 土喰上八位は言った。

「今日から羽の使い方の実習だったか? さっそく勝負してくれよ、土喰上八位」

 土喰上八位はくすりと笑った。

「君は本当に気持ちのいいひとだな、燕尾従八位。人間、大抵は腹が黒い。愚かで下等で、おごり高ぶっている。大層なお山の上に立っていると勘違いをしてしまう。だが、君は違う。君はただ強くなりたい。それだけだ。美学すら感じるものだ」

 だが、と土喰上八位。

「それでも、警閥はあまりに大きすぎる。僕のようにひねくれていればいいが、君のように真っすぐすぎるといつか折られてしまうぞ」

「ああそうかい。俺はこうと決めたら曲げない性分でな。俺は俺らしく生きる。何色にも染まらねえ!」

 そう言って燕尾従八位は席を立った。

 土喰上八位は糸目でそれを眺めつつ、くすりと笑った。

「燕尾め。存外悪くない男だ」

 土喰上八位はそう言うと、新しい茶を淹れて静かに飲んだ。

 羽の実習授業では、クラスメイト達の羽の強さ弱さが如実に出た。

 無論、強い羽を持っている者の方が出世する。

「練習試合を始める。全員救護班に治せる程度にまでなら羽で相手を傷つける事を許す」

 和民従五位がそう言ったので、皆動揺した。この場で争えと言いたいのか? と。

 だが、聡い人間はこの隙を有効に使うもので、燕尾従八位はさっそく頸椎羽を羽ばたかせてなにやら植物の大きな種のようなものを四方八方に吹き飛ばした。

 そしてそれをクラスメイト達に植え付けた。この攻撃で大抵のクラスメイトは倒れた。

 燕尾従八位の羽の能力は「屍種」《ししゅ》。

 自分を攻撃するよう羽を暴走させる能力。

 屍種を植え付けられた人間は自分で自分を殺そうとしてしまうのだ。

 だが、それを避けて反撃に出る者達もいた。

 総勢、五名。

 燕尾従八位も含めて。

 そしてもちろん、――土喰上八位も含めている。

 燕尾従八位が雄たけびを上げる。

「全員同時にかかってこぉぉぉい!」

 燕尾従八位と土喰上八位がぶつかる前に、三人の立っているままの同窓がいた。

 

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