警閥に燃ゆ

↑「あとで」は、しおり代わりに使えるよ↑

「『山津波』!」

 その規模。

 その勢い。

 その腕力。

 全てにおいて圧倒的である。もはや、災害レベルの羽。

 巨大な羽から飛び出してくる土石類。

 土喰上七位の意志とは関係なく、純銀の花弁が壁を作って主人を守っていた。

 だが、それでは軟弱な壁しか作れない。すぐに花弁は弾かれる。

 土喰上七位は意志をもって壁を作った。

「『銀壁……二重』ぇ!!!!」

 なんとか「山津波」を突破し、銀で階段を作って奔る。

 そして、軍刀を振りかざして宇田従四位へ殺到する。

「ただの軍刀じゃあ……私には届かない!!!」

 熱のカマイタチが空間を薙いでくる。

 それを察知して軍刀の銀を広げて膜にし、防御する。

 いったん退いてから再度向き合う。

「ただの軍刀ではなかろう?」

 土喰上七位が立ち上がりつつ言った。

「確かに……面白い戦法だわ」

 宇田従四位が笑みを浮かべて言った。

「次はカマイタチと言わず、火砕流も見せてくれるのか?」

「それはまんざらではないわ。そろそろ見たい?」

「ああ」

「なら――行くわよ」

 にわかに宇田従四位の羽が輝きを増す。

 そして次の瞬間には、

「火砕流――土用波ぃいい!!!」

「おおおおおおおおおお!!!! 『銀海』ぃいいいいいいいい!!!!」

 銀の海波が発せられる。

 火砕流と衝突する銀海。

「うっ、ぐうぅうう!!!」

 あまりの火砕流の勢いに土喰上七位が圧される。

 それでも彼は叫ぶ。

「男の子にはぁぁあああ……――!!!」

 銀海がにわかに勢いを取り戻していく。

「――格好つけなきゃいけない時ってもんがぁああ……――!!!」

 銀海が火砕流を丸呑みする。

「――あるんだぁあああああああ!!!!!!」

「っ」

 宇田従四位が一瞬驚いてからケラケラと笑う。

「やるじゃない!! 土喰君――――!!!!」

「まだ終わっていない! 舌をかむぞ、宇田ぁ!」

「ならかかって来なさいよ」

「……。行くぞ、宇田従四位」

 土喰上七位が、軍刀を腰に差して態勢を低く構え、片腕の拳を地面に突き、もう片方の手を親指に食いついて精神を繋ぎ留めながら、なんとか意識を保って純銀の花弁を操る。

「バキッ、バキ、ゴリッ!」

 親指が嫌な音を立てながら噛みちぎられていく。

 そして、

「ぷっ!!」

 土喰上七位が左手の親指を吐き捨てながら口を開く。

「銀海……――狂瀾怒涛《きょうらんどとう》!!!」

 銀の海が荒《すさ》び、荒れ狂い、怒涛の勢いで宇田従四位へ殺到する。

「火砕流――大波浪《はろう》!」

 お互いに純銀と火砕流を拳に宿したまま、殴り合う土喰上七位と宇田従四位。

 衝突する純銀の荒波と火砕流の荒波。

 拳と拳が凄まじい衝撃を受け、砕ける。

 それでも止めることのできない拳へ込めた思い。

「僕は、上へ! 上へ行く!! この宇宙の一等星になるんだぁあ!!!」

「その程度の思いで、私が倒れてたまるかぁあ!!!!」

「そんあ、程度、だと……――?」

 土喰上七位が目を見開く。

「人間ってのはなぁ!!! 昔のお友達殺すためだけに、全力になることだってあんだぁぁあああああああ!!!!!」

 怒りであった。

 怒りが意志となった。

 怒りに従って土喰上七位は純銀を輝かせた。

「ごたごたうるさいわねえええ!!!!!」

「しゃらくせええええええええええええええ!!!!」

 吹き飛ぶ両者。

 団地の壁にぶつかる土喰上七位。

 宇田従四位はすぐに立ち上がって折れた右腕をなんとも気にしていないように歩いてくる。

「……」

 土喰上七位が顔を上げる。

「降参する? 土喰君」

「……」

 苦しそうでも笑みを浮かべる土喰上七位。

「君という奴は。何の余念もない顔をし腐って」

 宇田従四位が言った。

 そして土喰上八位が立ち上がる。

 もちろん右腕は折れている。

「最後の勝負だ、宇田従四位。もう銀を扱う余力が少ししか残っていない。一発で事を決めよう」

「いいわよ。私も疲れているの」

「さあ……フィナーレだ。銀海――風浪の一」

 弱く拳が振り下ろされた。

 だが、

「風浪のニ」

「?」

「風浪の三」

「!」

「風浪の……四……!」

「こ、これは……。火砕――」

「風浪の百!!!!」

「っっ!!!!」

 宇田従四位が悲鳴じみた声を上げる。

「まだ勝つつもりかぁあ!!! 土喰ぇえ!!! なぜだ!!!!」

「なぜかって……? ……それはなぁあ!!! ――生きてえからだぁああああああああ!!!」

「火砕流、『卯月浪』《うづきなみ》ぃいいいいいいいいい!!!!」

 土喰上七位が左手の人差し指を食いちぎりながら叫ぶ。

「『風浪――一万んんんんん!!!!!!」

「勝たせるかああああああああああ!!!!」

「僕は、『純銀の花弁』の土喰だぁああああ!!!!」

 

 ――。

 最後に立っていたのは、――土喰で、あった。

「勝ったぞぉおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 そう叫び、土喰は軍刀を抜くと倒れていた宇田従四位へ止めを刺した。 

 そして気絶する――。

 数日後、警察病院から退院した土喰上七位は日栄上八位ら野花の護衛少数と車に乗って警察学校へ帰還し、生え直した指を使って葉巻を咥え、ガスライターで火を点けた。

「久しぶりに葉巻を吹かしたよ。病院じゃあ集団部屋でな」

 土喰上七位がここまで大怪我をしている理由はいまだ明かされていないため、野花の日栄たちは不満であった。

「私達を連れていてくださればあんな怪我はさせませんのに」

 というのが彼女らの言い分であった。

 まったくその通りだが、福富氏はあくまで公安五課の暗殺を望んでいる。

 公にすることはできないのだ。

 で、あるから、土喰上七位の孤独は燕尾従七位だけが理解することが出来た。

 大名行列を連れて新聞を読んでいた土喰上七位の元に燕尾従七位がやって来た。

「数学か?」

「ラテン語だ」

 燕尾従七位が鼻を鳴らす。

「お利口だな」

「ああ。世界で最も偉大な言語だ」

 野花の構成員たちが燕尾従七位を煙たがって追い返そうとする。

「燕尾従七位、土喰上七位は病み上がりなのです」

 燕尾従七位が土喰上七位へ目配せする。

(大名行列をなんとかしろ)

 と言いたいのだろう。

「良いのだ。好きにくっちゃべらせてやれ」

 と土喰上七位が言った。

「しかし……」

 野花の一人が口答えをする。

 すると日栄が歩み寄ってきてこそりと耳打ちした。

「みなは燕尾従七位が土喰上七位を怪我させているのではと疑っているのです」

「……なるほどな」

 土喰上七位が声を出す。

「そこの朴念仁は存外暴れるべきところを心得ている。大丈夫だ。僕がその男に殺されることはない」

 野花の者達が戸惑う。

 すると、

「下がれ、ゴッドファーザーのお達しだ」

 日栄上八位が声を張った。

 野花が下がると、燕尾従七位が自習用の机に腰かけ、煙草を咥えた。

「ここは禁煙だ」

「そうか。なら今日から喫煙スペースだな」

「お前が決めるな」

「俺が決めるさ。俺の人生だ。指図されるのはしゃくだ」

「自由というより奔放な人生であることだな」

「勝手に言え。優等生」

 燕尾従七位がそう言った後、一言添えた。

「竜叔父、……福富氏は大層お喜びだ。『土石流の宇田』を暗殺できたんだからな」

「……冬か」

「あ?」

 土喰上七位の視線を追うと、窓へ向かっていた。

「冬晴れだな。存外嫌いでない天気だ」

「……指、治ったんだな」

「ん? ああ。もう生えたさ」

「天使ってのは怖いもんだな。ゴキブリより生命力が強ぇ。……よし、ドライブでもするか。退院祝いになにか奢ってやるよ」

「奢る? 安月給のお前がか」

「階級は一つしか違わねえぞ」

「だが、階級一つでずいぶん給料が違ってくるものだぞ」

「確かにな。だが俺が奢る。男の子には恰好つけなくちゃいけない時があるんだろう?」

「そうか。なら、ドライブでも行くか」

「公用車でいいならな」

「ああ。問題ない」

 寮を出ると、二人はのそのそと駐車場へ向かった。

 冬晴れであったので、空気は寒いが日差しは温かった。

「糞」

 燕尾従七位がつぶやいた。

「どうした?」

 土喰上七位が覗き込む。

「前に乗った奴が適当な場所に車を停めやがったな。キーナンバーと車の位置がめちゃくちゃだ」

「キーナンバーは?」

「三〇七だ」

「三〇七の駐車場に停まっているのは……。――五一六か」

 確かに合わない。

「三〇七号車を探すぞ」

「落ち着けよ、燕尾従七位。ここは五一六号車のキーを事務所からもらってきた方が早い」

「それもそうか……」

 そして二人で厚着をしたまままた少し歩いた。

 厚着はなんとなく体が重くて嫌になる。

 自分が雪だるまにでもなったかのような気分にさせられる。

 そして二人は校舎の事務所へとたどり着いて、燕尾従七位が窓口にもたれかかってイラついた声を出した。

「キーナンバーと駐車場所がめちゃくちゃだったぞ。教官だか生徒だか知らねえが、番号ぐれえ読めるように教育しておけよ」

 棘のある言葉遣いであった。

 土喰上七位が事務員へ助け舟を出す。

「注意勧告だけしてくれれば文句はない。放送でもなんでもいいから、呼びかけておいてくれ」

「名簿を確認します。三〇七号車を使ったのは、……楠木従八位ですね」

「楠木従八位?」

 燕尾従七位が首をひねる。

「誰だ? 上級生か?」

 そして土喰上八位へ疑問の視線を投げかける。

「庚《かのえ》のクラスの楠木和重従八位だろう」

 事務員も頷く。

「はい。所属は一年の庚クラスとなっています」

 燕尾従七位が苛立たし気に三〇七のキーを置く。

「庚ってことはまた敗残兵の奴らか。連中、勝手が過ぎるぜ。俺が言うんだからよほどだ。おい、土喰上七位、おめえの派閥の人間だろ。どうにかしておけ」

「すまないな、燕尾従七位」

 そして燕尾従七位は五一六号車のキーを受け取ると不機嫌に校舎を出て行った。

「待てよ、燕尾従七位。せっかくのドライブにそう肩を怒らせて行く奴がいるか。少しは瞬間湯沸かし器みたいなその頭をどうにかしろ」

「煙草を吸えば気分も治る。俺の怒りのゲージは上がりやすいがすぐ冷める。自分で自分を良く知っているから、問題はねえ」

「そうか……。なら、とっとと行くか」

 そして二人組は制服を着たままコートで厚着をして歩き始めた。

 五一六号車へ向かいながら、燕尾従七位が安タバコを咥えてマッチ棒で火をつける。

 すると、車に乗り込みつつ燕尾従七位が言った。

「おい、土喰上七位、お前は葉巻が好みだったな」

「ん? ああ。そうだな」

「プレゼントだ。受け取れ」

 雑に葉巻ケースが投げられた。

「これは?」

 土喰上七位が尋ねる。

「福富氏からのプレゼントだ。ついでに伝言してやると、『あの宇田をヤルとは果ては大管長までも出世する男かもしれないな』だとよ。福富氏はおめえがお気に入りのようだ」

「そうか。だが、まだ公安五課には二人も精鋭がいる。気は抜けないな」

「福富氏によれば、公安五課は天使の二人が死ねば戦力不足として解体されるそうだ。警察学校の天使に潰される公安ってのも考えものだな」

 燕尾従七位が言った。

 土喰上七位が葉巻ケースから上等な葉巻を取り出し、早速吸い始める。

「……大抵の人間は欲深いものだが、あの宇田従四位を倒した褒美がただの葉巻とは、あまり感心しないな。僕も欲が深いから、とっととモーモンでの出世を約束して欲しいところだ」

「窓、開けるぞ」

「どうぞ」

 そしてタバコと葉巻の煙が窓から排気される。

「……餓鬼は好きか? 土喰上七位」

「子供か? 苦手だな。尼寺では子供の世話が多くてな。散々苦労させられた」

 土喰上七位が言った。

 葉巻の煙を吸いこんで、美味そうに吐き出す。

「お前はどうなんだ?」

「俺は……最近餓鬼に懐かれてな。うざったく思っている」

「意外と悪くない、か?」

「誰がそう言った」

「藪から棒に子供の話などするから、そう思っただけだ」

「餓鬼ってのは不思議なもんだ。大抵は馬鹿だが、妙に的を射た発言をする。警閥を糞くらえと言えた頃の自分が思い出された。それだけだ」

「今じゃ警閥の犬か」

「まあそうなるんだろうぜ」

 それから二人はドライブをしながら無言でタバコと葉巻の煙をくゆらせていた。

「……お前、天使や一般人の脳みそは食わないのか?」

 ふと、燕尾従七位が言った。

「僕は悪魔しか食わない」

 土喰上七位が言った。

「なんでわざわざ悪魔を食うんだ」

「そんなことを聞いてどうする」

「組んでいる相手の倫理観が気になってな」

「……難波義和のことは知っているな?」

「蛇五事件の悪魔で、おめえの親友か」

「ああ」

「それがどうした?」

「悪魔を食うのは、あの糞みたいな臭い肉で自分の心にマーキングをするためだ。『なっちゃんを殺せ。ためらいもなく』。そうマーキングしているのさ。悪魔の肉は……憎しみの風化を防ぐためのもっとも有効な食材だ」

「食材か」

「そうだ」

「悪魔を何人食えば気が済むんだ?」

「難波を殺すその時まで。何百人でも」

「業だな。人間の業だ。おぞましい」

「お前がそんなことを言うとはな。少し意外だ」

「俺だって人の子だ」

「それは知らなかったな」

 そう言って土喰上七位が喉で笑う。

 そして、二人はしばらく車を走らせ、一つの海が見える公園へやって来た。

「なんだ? こんな冬の季節に海か」

「俺が昔、よく遊んでいた場所だ」

「ほう。思い出に浸りに来たわけか?」

「ここで餓鬼と知り合った」

「名前は?」

「知らねえ」

「知り合いとも言いづらいな」

「ああ。だが、ここに来ると、名前を知りもしない餓鬼のために悪魔を殺さねえと、って気分になるんだ。警閥の犬から人間に戻れる一瞬があるような気がする」

「……僕は存外警閥が嫌いではない。腐っているから何でもできるとも言えるしな」

「それは俺だって同じだ。だが、権力欲が本能の全てではないということも言えるだろう、ってことだ」

「……僕は、本能だと思っているわけではないが、人の性だとは思うがな」

「そうだなぁ……」

 二人はしばらく潮風に当たると、車に戻って道を引き返したのであった――。

 

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