福富氏のセッティングにより、四人目の天使を殺すことになったのは、五日後のことであった。
相手はまだ二十代の女であった。
「宇田従四位を殺したのはどっち?」
その女はそう問いかけてきた。
「僕だ」
土喰上七位が言った。
「なら、名乗る必要があるだろうね。私、宇田従四位の妹。結婚はまだしていないから、苗字は普代《ふだい》。普代上五位」
普代上五位がそう名乗った。
そこで土喰上七位ではなく燕尾従七位が言った。
「悪いが、おめえの相手は俺がさせてもらうぞ」
「ん? 君は?」
「公安ならもう調べてあるだろ」
「なら、君が燕尾従七位か」
「ああ」
「どっちが先でもいいわよ」
「余裕だな」
「もう死ぬ覚悟はしてきたの」
「は? どういう意味だ?」
「姉さんが負けた相手に私が勝てるはずがない。もう公安五課は課長の奈良部《ならべ》上四位と私だけ。他は天使じゃない一般人。奈良部上四位は強いけれど、私は劣等感の塊。だから、してきたの。死ぬ覚悟」
「……冷めた。自殺に手を貸してやるほどお人好しじゃねえ」
「ふーん……。なら、私が戦い下手でも、能力自体は姉さんより上、って言ったら?」
「あ? どういうことだ?」
「私の羽ね、『スピード』って言うの。似た能力に『風鳴り』って呼ばれるものがあるけど、あの上位型。五秒間隔で超速移動ができるの」
「へえ。面白い能力だな。確かに使い手の力量を試すようなところがある能力だ」
「その気になれば、一瞬であなたを殺せるわ」
「ははあ!!! ほざくじゃねえか!!!」
「ヤルの?」
「結構ノッてきたぜぇ!」
それから普代上五位と燕尾従七位の戦闘が始まった――。
普代上五位は軍刀を手にして構えると、一つ呼吸をした。
「さあ、いくわよ」
そして、――!
一瞬で普代上五位が燕尾従七位の目の前に現れて軍刀を振り下ろした。
一瞬しか余裕はなかったが、なんとか羽で防御をできた。
だが、羽を一本切り落とされた。
これは大きな戦力の損害だ。
だが、燕尾従七位は不敵に笑った。
「おめえの弱点がわかったぜ」
しょっぱなにそう言ってのけた。
「なにが弱点だって?」
普代上五位が問いかける。
「それはなあ……」
燕尾従七位が一旦距離を取った普代上五位の足場へ屍種を飛ばす。
それを避けて飛び上がる普代上五位。
「――それは、空中じゃあいくら超速の羽を持っていても、動けねえってことだ!!!」
そして空中の普代上五位へ向かって地面を蹴り飛ばして接近し、屍種を拳でハラワタにぶち抜き入れる。
「存分に暴走しやがれ!!! ハーハァ!!!!!!」
そして、着地と共に普代上五位が暴走して超速で壁にぶつかりまわり、どんどん「ひしゃげて」いった。
どんな相手であっても、一瞬で勝敗を付けてしまう、その戦闘センス。恐るべき能力。
燕尾従七位はさながら軍神であった。
彼こそ、警閥の華なのかもしれない――。
そう思えるほど、彼の戦う姿は美しかった……。
そうして燕尾従七位はまたしても軽々と上官を打ち倒したのであった――。
最後の相手、奈良部上四位が自害した。
これにより公安五課は解体された。
警閥は一つの病巣を切除したことになる。
だが、それをまったく警戒しないほど、土喰上七位は楽観主義的な人間ではなかった。
一つの巨大な病巣を築いた男である。
必ず何か厄介事を遺して死ぬはず。
そう思えてならなかったのだ。
そして、それは正解していた。
奈良部は遺言をとある人物へ送っていた。
その人物は、こう呼ばれていた。
「党の守り人」
そこまでは福富氏のルートから情報が入ってきた。
だが、その党の守り人とやらがどういった人物かは不明であった。
不思議なことは、その党とやらがどういった組織であるのかも、何をするのかも不明であるだけでなく、公安五課解体後もまったく動きを見せなかった事であった。
その後、しばらくの間、周囲に動きは無かった。
だが――。
「それで、何の用だよ?」
土喰上七位は校舎の隅で密かに燕尾従七位と会っていた。
燕尾従七位の疑問に土喰上七位が一封の手紙を差し出した。
「僕の元にこれが二通送られてきた。片方はお前宛てだ」
燕尾従七位が封筒を見つめる。
「党より……?」
謎の文面に、中身を確認する。
「……招待状だ」
燕尾従七位が手紙とカードを読む。
「挙国党会議……朝霞基地で……なんだ? これは?」
「朝霞基地で、軍で、挙国党会議とやらが開かれ、我々が招待された。おそらく、党の守り人の招待だ」
「……罠だ。それもおそらく軍が絡んだ、大規模な」
「だろうな」
「警閥の病巣なんかを切除するからこんなことになる。警閥そのものが病巣だというのに」
「カードを持たせた上で僕の派閥から下っ端を偵察に送り込む。それでなにか分かるだろう」
「……危険な任務になる。そいつらの命はどうなる」
「なら僕らに行けというのか」
「無視をすればいい」
「敵の情報は集めておかなくては。もしかしたら交渉の余地だってあるかもしれない」
「……勝手にしろ」
「ああ」
そうして、派閥の中から橋村従八位という男と真中従八位という男が、招待された朝霞基地へと偵察へ出かけた。
そして、――二度と帰ってこなかった。
「……」
土喰上七位は小部屋で黙り込んでいた。
「ドン」
モネ従八位が話しかけてきた。
「ドン」
また呼ぶ。
「土喰上七位」
「なんだ」
「橋村従八位と真中従八位の葬式をすべきです」
「僕はまだ死体を見ていない」
「しかし、連絡を絶ってもう三週間となります」
「……」
土喰上七位は顔を撫で下ろす。
「葬式を開いてやれ。なるべく静かに」
「はい」
それは、つまるところ警告を意味していた。
真中従八位と橋村従八位の死は土喰上七位と燕尾従七位へ、
「これ以上はしゃぐな」
と言っているのである。
「仇は取る……。それまで辛抱してくれ、橋村従八位、真中従八位……」
そうして、土喰上七位はモーモンで出世コースへ乗り、支部長であるビショップへと昇格したのであった。
モーモンでの出世もまた、社会的に大きなものであった。
これで土喰上七位と燕尾従七位の出世街道は始まったものと言えるであろう。
これが、権力闘争の中へ、汚職と賄賂と騙し合いの世界へのもう一つの招待状となっていた――。
二人の迷路は今始まったと言えるであろう!
「純銀の花弁」と「屍の城」。二人並んで風浪を超えてゆけ!!!!!