警閥に燃ゆ

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 土喰上八位は喫煙室で茶を淹れた。

 煙草を吹かしながらの茶も嫌いではなかった。

 護衛の大名行列が二十名ほど付いている。

 するとそこへ駒鳥従五位が入ってきた。

 組手の教官だ。もう五十がらみの男で、タンが切れないしゃがれ声をしていた。

「よお、土喰上八位」

 駒鳥従五位が煙草を取り出しつつ近寄って来た。

 護衛達が警戒する。

 それを土喰上八位は、

「大丈夫だ」

 と言ってどかせてから煙草を咥え、駒鳥従五位を手招きした。

「こんにちは。駒鳥従五位」

「いつもの大名行列っぷりだな、土喰上八位」

「先日文武従八位が暗殺された直後ですから。警戒しないと」

 もちろんその首謀者は土喰上八位自身なのだが。

 そこはポーカーフェイスである。

 そして土喰上八位は茶を淹れて駒鳥従五位へ差し出した。

「なぜあんな凄惨な事件が起こってしまったのでしょうかね」

「どこかの誰かがよっぽど中規模派閥を警戒していたんだろうな」

 駒鳥従五位が、

「どうせお前がやったんだろう」

 という視線をくれる。

「ははは。それは警閥の世も末ですね」

 土喰上八位はあくまで認めない。

「土喰上八位よおぉ、おめえ、あんまりどっぷり警閥の闇に浸からねえことだぜ」

「突然なんですか?」

「警閥なんてよ、しょせんは警察に吸収された政府だ。独裁国家と大差ねえ。その闇に浸り過ぎると、戻れなくなる」

「駒鳥従五位、僕は僕ですよ。それに、この茶には毒なんて入っていませんから、冷めないうちに飲んでくださいな」

「ふん……老いぼれの言葉も聞いちゃくれねえのかよ」

「駒鳥従五位はまだ老いぼれではありませんよ」

 そして、駒鳥従五位が茶を飲む。

「なんだ。ずいぶん苦いな」

「それが愛宕茶の特徴なんです。苦みが強くて甘味によく合う」

「なら茶菓子ぐれえ用意してくれよ」

「僕自身は愛宕茶だけでも十分楽しめるのであまり茶菓子を携帯しないのです。ですが、仲間に一応カステラぐらいは持たせてありますよ」

「じゃあそれをくれ」

 土喰上八位が護衛達の中から川西従八位を呼ぶ。

「カステラを持っている?」

「はい。二切れのみですが」

「それが駒鳥従五位へ」

「わかりました」

 すぐに駒鳥従五位の手元にカステラが置かれる。

「いつも思うけど、カステラの裏についている紙はどうして付いているのが疑問だよなあ」

 駒鳥従五位が言った。

「まあ不満もそこそこに、我が郷里の味を楽しんでくださいよ」

「郷里の味、ねえ。お前の郷里は苦すぎるんだよ」

「どういう意味ですか?」

「蛇五事件の件さ」

「ああ。あの、白蛇男ですか……。弱いくせに拷問だけは上手な男でしたよ」

「結局お前はあの消えた難波少年を追っているんだろう? そのために派閥が必要だと思っているのか?」

「的外れだとでも?」

「いいや。実に現実的だな。ひひひ。確かにおめえのやり方は現実的なものばかりだ。おめえにひれ伏す同窓たちなんか、現実が階級のあるものなのだとよくよく骨身に染みていることだろうさ」

 土喰上八位が煙をくゆらせながら微笑む。

「本当に重要なことは、置かれた状況でどれだけ暴れられるか、ですよ。人間、それがわかっていない者が多すぎる。最初から恵まれた状況にいられる者は極わずかだと自覚せねば。その上、人の上に立つ存在となりたいと願うなら、なおのこと、自然体では馬鹿を見るのみ。まったく馬鹿馬鹿しい……」

「おめえは暴れ過ぎなんだよ。その内打たれるぞ。出る杭はなんちゃらでな」

「たかが同窓の横の繋がりで打たれることもないでしょう」

「警察学校だってただの箱じゃない。天使学科は力の有り余る者達の巣窟だ」

 その時、馬場従八位が耳にささやいてきた。

「土喰上八位、そろそろお時間です」

 土喰上八位が頷く。

「駒鳥従五位、教育会議に参加するので、ここらでさようならをさせてもらいますよ」

「おいおい。俺も出られない教育会議に生徒のお前が出るのか」

「生徒代表として、仕方ないことです」

「ずいぶんなお偉方になったものだな、土喰上八位」

「僕は偉くなったつもりはありませんよ。ただ、職務は全うせねば」

「よく言うぜ」

 そして土喰上八位は喫煙室を出た。煙草は灰皿に潰しておいた。

 

 校長室へ入ると、学年主任と教頭と校長がおり、そこに土喰上八位がお邪魔する形となった。

 もちろん、護衛に川西従八位と馬場従八位を付けている。

「失礼します。土喰上八位。入室します」

 そう言って中に入った土喰上八位は、次にソファに「失礼」と座り、教育会議を始めた。

 校長が重たい口を開いた。

「残念なことだが、将来有望な文武従八位は殺されてしまった。おそらく、悪魔の仕業だろう」

 その言葉の真意は、

「本当に殺したのは土喰上八位だろうが、悪魔犯罪だとして見逃してやる」

 という証の発言であった。

 誰もが土喰上八位の陰謀を疑っていたのだ。

 だが、力のある者にはそれ相応の融通というものがある。

 土喰上八位は権力を利用して、教官たちを黙らせていた。

 つまり――賄賂であった。

 単なる金とは限らない。

 人事についてや生徒たちの授業態度。

 果てはいじめ問題から家庭環境まで。

 派閥の人間たちのあらゆるものを利用して教官たちに甘い汁を吸わせていたのだ。

 こうなると、もう教官たちは土喰上八位を「秩序の番人」として意識するようになる。

 この時点で土喰上八位は身の安全を一応保障されていた。

 そして、権力もまた保障された。

 土喰上八位は教育会議にて話を続けた。

 途中、校長が葉巻をくわえたので、全員が煙草をくわえて話を続けた。

「僕が思うに、ですね。今五十一期生は僕の派閥で統率を取れています。この上統率の授業を行う必要もありますまい。単なる統率訓練をするくらいなら、体力強化や能力強化に努めるべきです」

 土喰上八位が鼻から煙を吐き出しながら言った。

「確かにそうだ。だが、統率を生徒のみのコミュニティに任せて大丈夫なのか? ごっこでは困るのだぞ」

 学年主任の後藤上五位が言った。

「安心してください。僕に逆らう同窓は燕尾従八位くらいのものです。統率は取れています」

 土喰上八位が言った。

「土喰上八位の統率能力を信頼することが出来るものとは、疑問が残るという教官もいるのだ」

 教頭の鳥取上五位が言った。

「ふふふ。本当に統率に必要なのは、少しの背伸びと強烈な連帯意識ですよ。幸いと言うべきか、文武従八位が悪魔に狩られた。連帯意識はこれまでになく高まっています」

 教官たちが肩をすくめる。

「お前が殺したくせに」

 とでも言いたげだ。

「とにかく、しばらくは座学よりも実学を優先させてください。成果は必ず上げてみせます」

「……わかった」

 校長の小中従四位が言って、教育会議は終了した。

 校長室の外で列をなして待っていた護衛達へ、

「もう会議は終わりだ。君たちも半分は解散させよう。良く休むと言い。護衛は十人もいれば良い」

 と言った。

 元より、部下には心優しい一面も持っているのが土喰上八位の食えないところであった。

 彼は尼寺の出身なので、仁についてもよく学んでいて当たり前なのである。

 だが、権力闘争にまい進する彼を止められる者がいるわけでもない。

 土喰上八位の権力地盤は確実に固められて行っていた。

 この時代、モーモンが日本を大流行していたが、土喰はモーモンの長老代理として同窓たちへ、燕尾従八位以外、残らず洗礼を施していた。

 すでに洗礼を受けたことがある、という者も多かったが、改めて同窓たちは土喰上八位の洗礼を受け直した。

 洗礼名もその際に与えている。

 つまり土喰上八位は同窓たちの名付け親。ゴッドファーザーでもあることになる。

 土喰上八位にとって、モーモンとはなかなか扱いやすい権力闘争の道具であった。

 土喰上八位自身は熱心な宗教家というわけではなかったが、人類をみな兄弟として「〇〇兄弟」「〇〇姉妹」と呼ぶ習わしはなかなか面白いと思っていた。

 土喰上八位はモーモンにおいても長老代理を長く務めることとした。

 これが政教分離がなされておきながら日本をキリスト教化するための一つの決まった形となっていた。

 頭の良い統率者ほどモーモンを利用するのである。

 モーモンには十分の一という制度があり、収入の十分の一を教会に支払うものであったので、その財源は凄まじい速度で巨大化していっていた。

 これがモーモンを利用する権力者にとって甘い汁を吸える理由ともなっていた。

 潤沢なモーモン財団の資金によって、あらゆる賄賂が横行していたのだ。汚職による金の作り方だ。

 汚職は下手な金の作り方だと土喰上八位は思っていたが、ここまで警閥やモーモンも腐っていれば、汚職はすでに公然のものと化していたと言って良いだろう。

 そんな環境では汚職も役に立つ。

 むしろ汚職を行わない権力者はつまはじきに会うのである。

 後日、土喰上八位は食堂で集団を従えて食事をとっていた。

 念のため、二十名の護衛は十名ずつ食事をとり、残りの十名は警戒をしていた。

 土喰上八位の首を狙う人間はまだそういないはずだが、一応の警戒をしておかないと、果ては文武従八位と同じく首をはねられて終わりだ。

 警戒を解くわけにはいかなかった。

 土喰上八位が幹部の丹戸従八位や磯場従八位、川西従八位、馬場従八位と談話をしていたその時、燕尾従八位が乱暴に向かいの席に座ろうとそこに座っていた馬場従八位の脇腹を蹴り飛ばした。

「なにをする、燕尾!」

 馬場従八位が激昂する。

「土喰と話がある。どけ」

「貴様……」

 馬場従八位が羽を広げかけるが、

「馬場従八位」

 土喰上八位がそれを止めた。

「今は我慢して下がってくれ」

「は、はい……」

 馬場従八位が下がる。

 土喰上八位が燕尾従八位へ言う。

「座ってくれ、燕尾従八位」

「ああ」

 燕尾従八位が座り、足を机の上に投げ出した。

「文句がある」

「僕にか」

「そうだ」

「なんだい」

 燕尾従八位が半分がなりながら言った。

「茶坊主茶坊主と思っていたら、その平和そうな顔をしたてめえが文武従八位を暗殺したって聞いたぞ。真実か?」

「下らないよた話だ。僕は警閥であってマフィアではないぞ」

「警閥はデカいマフィアみてえなもんだ」

「ふふっ。存外捨てた価値観ではないな」

「やっぱりおめえがやったのか?」

「いいや。違う。で? だとしたら、なにをするつもりだ?」

「文武従八位は強ぇ男だった。どうやって仕留めた?」

「僕に聞くなよ。あずかり知らないところだ」

「あくまでしらを切るか」

「やっていないものはやっていない」

「それじゃあ、仮定の話でもいい。お前なら文武従八位も仕留められるのか?」

「……文武従八位は強力な天使だった」

「十数える。その間に俺の声を止めなければ、お前の方が強いと判断する」

「……」

 十。

 九。

 八。

 七。

 六。

 五。

 四。

 三。

 二。

 一。

 零。

 燕尾従八位が眼圧を強めて土喰上八位をねめつける。

「そういうことだ。わかったな?」

 土喰上八位はそうとだけ言った。

 燕尾従八位が口を開く。

「俺と勝負をしろ、土喰上八位」

「嫌だよ。負けたくない」

「逃げるのも負けるのも同じだろ」

「いいや。痛い目に合うのは御免だね。代わりに幹部を倒せるか試してみたら?」

「表に出ない大将ほど見苦しいものはないぞ」

「部下を活用しない上官ほど愚かな者もいない」

「はっ、物は言い様だな」

「燕尾従八位。君も僕の友人とならないか」

「なに?」

「何も命令されることは無い。ただ友人となるだけだ。つまり、停戦協定だ」

 ダン!

 燕尾従八位が足を派手に机の上へ蹴り落とす。

「俺は誰とも馴れ合いにならねえ」

「なぜそこまで猛る。僕には君が理解できない」

「警閥が腐っているからだ。俺は強くなれればそれでいい。強さの次に地位も手に入る。だが、徒党を組んで集団で生き残ることはしゃくに障る。それなら個人でもがいていた方がましだ」

 土喰上八位が煙草をくわえてライターで火を点けようとする。

 ぱちっ。

 ぱち、ぱちっ。

「ちっ」

 火が付かない。

 すぐに丹戸従八位がライターを取り出し、隣の席から火を点けてくれる。

「ありがとう、丹戸従八位」

「いえぇ」

 それを見た燕尾従八位が、

「けっ」

 と唾を吐く。

「丹戸従八位、いつからてめえは同窓の部下になんざなったんだ。それともあれか? キャバクラの姉ちゃんの役でもやっているのか? 丁寧に火なんか点けちまってよぉ!!!!」

 丹戸従八位が肩をすくめる。

「組織の中で生きる女というものもいるんだよぉ」

 燕尾従八位が怒鳴る。

「組織の中から出られねえ奴はしょせんそこまでだ!」

 だが、

「燕尾従八位!」

「?」

 燕尾従八位を叱るように声を上げたのは猫の磯場従八位であった。

「……燕尾従八位……。みながお前のように組織に頼らず生きていけるとは限らぬのだ。理解してやれ」

 燕尾従八位は、

「ちっ」

 と舌打ちした。

「いつからだ」

 その質問に土喰上八位が首をひねった。

「なにが?」

「いつから天使は組織の中でしか生きられなくなった」

 その言葉に土喰上八位が喉を鳴らして笑う。

「それはな、燕尾従八位、天使が悪魔よりも小ざかしくなった時さ。天使は徒党を組んで悪魔を駆逐するようになった。これが逆だったなら、天使が狩られる側だっただろうさ。世は太平。太平の中での暴力社会。それが天使の生きる道だ。憂うのは国。警閥そのものだ。僕だって出来ることなら物騒な事態は避けたい。だけど、警閥が腐っている限り、組織は重要視される。その内、君も組織の必要に迫られる。その時が楽しみだな」

「かっ。聞いちゃいられねえぜ!」

「ふむ……。確かにこれは相当な石頭だ。堅実な磯場従八位が声を荒げるのも仕方あるまいよ」

「俺は誰にも負けねえし、家畜にもならねえ!」

「ああ。そうだろうさ。だが、人間はどこまで言っても人間だ。本物の天使にはなれまい。それだけは心得ていなければな」

「ああそうかよ。茶坊主は言う事が小ざかしいな」

「それが茶坊主の特徴だ。口の回りはいいが、小心者で何事にも慎重。性分という奴だな」

「文武従八位を殺した事実は小心者とは思えねえけどな」

「彼を殺したのは僕ではない。悪魔だ。それに、政敵を早急に排除したいと願うことはまさに小心者のすることだろうと僕が思うがね」

「小心者ゆえに同窓を殺したってのか」

「そうとは言っていない」

「ならお前の派閥がずいぶんと速やかに文武従八位の派閥を吸収したのはどういうことだ」

「烏合の衆というものは恐怖心が感染してパニックに陥るものなのだ。ましてや最大派閥が誘ってくれば飛びつかない者はいまい。それもまた世情の流れというものだ。人の性とも呼べるだろう。いつの世も人の性を利用すれば万事うまくいくものと決まっている。ただそれだけだ」

 そして煙草をくゆらせる土喰上八位。

「近く、昇任試験があるそうじゃないか。燕尾従八位。そこで勝負をしてみよう。きっと良い試合になる」

「……昇任試験まで待てばいいんだな?」

「ああ」

「それなら、必ずお前には戦ってもらうぞ」

「当たり前だ。せっかくの昇任試験を蹴ることはしない」

「それが聞ければ満足だ。じゃあな、茶坊主」

 護衛達が憤慨する。

「礼儀をわきまえろ、問題児!」

 そう言った者もいたが、燕尾従八位は平然とその場を去って行った。

 

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