警閥に燃ゆ

↑「あとで」は、しおり代わりに使えるよ↑

 土喰上八位は煙草の灰を灰皿に落としつつほくそ笑んだ。

「燕尾従八位め。あれで実に面白みのある男だ。捨てがたい」

 土喰上八位は昇任試験に向けて同窓たちが修練に励むのを眺めて、微笑んだ。糸目がさらに細く、長く笑みを浮かべる。

「丹戸従八位」

 腹心の部下となっていた丹戸従八位を呼ぶ。

「なぁにぃ? 委員長ぉ」

「君は修練に励まなくていいのか?」

「委員長と話している方が楽しいもんー」

「ふむ……。どうやら実力者に限って修練には出ない傾向があるようだ」

「みんな手の内は隠したいもんねえ」

「ああ、そのようだな」

「委員長はいいのぉ? 正直委員長の実力って謎なんだよねぇ」

「僕は秘密主義者だからな」

「昇任試験でもその精神を貫くつもりぃ?」

「いや、そう簡単に済ませられることではないだろう。僕も僕の実力が知りたい」

「昇任試験は荒れるだろうねぇ」

「僕相手だとしても手加減は必要ない。弱いと判断したら倒していけ」

「いいのぉ?」

「ああ。どうせいつかは僕も実力を測られる」

「そっか」

 そこへ磯場もやってきて、談話はしばらく続いた。

 翌日は昇任試験当日となっていた――。

 ――翌日。

 ついに昇任試験の時がやって来た。

 試験会場は大木がひしめき合う樹海で行われた。

「ここでサバイバルを行う。戦闘は全てモニタリングされている。その優劣で優勝者、二位、三位を決める」

 和民従五位がそう言った。

 そこで参加者はバラバラに散って、時刻となるのを待つこととした。

 この試験に際し、土喰上八位は派閥を十隊に分けた。

 甲《こう》。

 乙《いつ》。

 丙《へい》。

 丁《てい》。

 戊《ぼ》。

 己《つちのと》。

 庚《かのえ》。

 辛《しん》。

 壬《じん》。

 癸《みずのと》。

 それぞれ三十名ほどの構成となる。

 いわゆる十干《じっかん》の割り振りである。

 これに単独の燕尾従八位が加わって試験開始となった。

 これが史上まれに見る激戦となった五十一期生警察学校内昇任試験であった。

 

 それぞれの天干《てんかん》に曲者がいた。

 甲《こう》には派閥内の派閥である「キリギリス」と呼ばれる四人の兄弟がいて、全員がなかなかの技を使うし、連携も良く取れている。派閥内では手堅い一味として知られていた。まず苦戦する。

 乙《いつ》には丹戸従八位やその直属の部下である多聞衆がいる。これもまた強敵である。

 丙《へい》には「金切り隊」という「モネの悲鳴」とよばれる女が率いる一党がいる。強敵だ。

 丁《てい》には「アイスコーヒー派」というふざけた名前のチンピラ連中がいる。が、ただのチンピラではない。金玉が五つはあるような生命力の強い連中だ。要注意。

 戊《ぼ》には「ダ・ヴィンチの贋作」と呼ばれる男が統率を取っている。なかなか馬鹿にできない。

 己《つちのと》には普段土喰上八位の親衛隊「野花」が配属されている。間違いなく優勝候補だ。

 庚《かのえ》には「敗残兵」と呼ばれる闘争至上主義のイカレタ連中が配属されている。中でも尉官たちは強力な相手だ。

 辛《しん》には「打撃のプロフェッショナル」と噂される近接戦闘に優れた男、「麻場従八位」が配属されている。近接戦闘に持ち込まれると厄介な相手だ。

 壬《じん》には川西従八位と馬場従八位が所属している。川西従八位の硝子を扱う能力は汎用性が高く、馬場従八位の昏倒煙も極めて危険な技だ。

 そして癸《みずのと》には土喰上八位と猫の磯場従八位が所属した。

 これらが大体の面々である。

 これに燕尾従八位が一人で行動しているのだ。

 試合開始の合図がなされる前に、土喰上八位は癸《みずのと》の部隊三十名に言った。

「必ず長丁場となる。全員、水の管理だけはしっかりとしておきなさい。少しずつ飲むことを心掛けるんだ」

 磯場従八位の雑嚢はついでに土喰上八位が持った。猫は物を担げるようにはできていない。

 その時、合図の笛の音が鳴らされて、癸《みずのと》隊が殺気立つ。

 まず土喰上八位が行ったことは己の実力。つまり癸部隊の実力を知ることだった。いままでは雑兵扱いしていたが、実は侮れないという者も多い。

 そこで、癸にどんなメンツが居るのかと見回してい見ると、全員ガスマスクをしていてもやはり目立つものは目立つ。

 殺気が常人のそれではない者がちらほら。

 それらを一人ずつ取り立てていくと、まず、

 「近衛従八位」。

 飛翔と毒鱗粉を扱う能力があるが、毒鱗粉はガスマスクで防がれてしまう。これは使い道がないわけでもない人材だ。

 次が「服部従八位」。

 羽を分離させて最大百名まで人数を増やせる。埋もれていた貴重な人材だ。

 次に「琴葉従八位」。

 羽を振動させて怪音を発し、ついには相手を気絶させる。別名「虫の女王」。

 などがいた。

 なかなか悪くない面構えの連中である。

 だが、他はどこか間が抜けている。

 あまり期待はできないだろう。

 とりあえず土喰上八位、磯場従八位、近衛従八位、服部従八位、琴葉従八位の五人が協力することができればものになりそうな編成である。

 特に琴葉従八位と近衛従八位は相性が良かった。

 生徒たちが身に着けるガスマスクは聴覚も強化されるので、琴葉従八位の怪音でそれを外させ、近衛従八位の毒鱗粉で大抵の相手は無力化できる計算となるのだ。

 これは大きな戦力であった。

 だが、油断もしていられない。

 こちらに有利な道があるように、敵にも有利な道が存在するに違いない……――。

 土喰上八位は最初から派閥へ、十干にグループを分けて競わせるが、基本は五人程度の構成で行動しろ、と伝えていた。そこで土喰上八位は自身と、磯場従八位、近衛従八位、服部従八位、琴葉従八位の五人構成で行動を取った。

 羽を使わずとも身体強化はなされている。

 大木の上を奔り抜け、樹海の奥で土喰上八位は懐中電灯を口にくわえて地図を広げた。

 地図には電気信号でこちらの居場所がはっきりと表れていた。

「ずいぶん奥深いところまで来たな」

 土喰上八位が言った。

 木にぶら下がりながら服部従八位が疑問を口にする。

「土喰上八位、あまり沢には近づかない方がいいんじゃないですか?」

 服部従八位は礼儀正しい男性である。

 穏やかな一面もあるが、その羽の能力は強靭だ。

 なにせ羽を分離させて百名まで分身を作れるのである。

 この服部従八位は戦闘はまるでできていなかった。

 だが、この羽は索敵に使える。

「服部従八位、その首に下げている笛も共に分身ができるのか?」

「え、ああ、はい。身に着けるいる衣服類だけなら」

「なら、まず服部従八位の出番だ。羽を分離して索敵を行い、敵を見つけたら笛を鳴らせ」

「はい」

 服部従八位が目をつむり、精神を集中する。

 すると頸椎《けいつい》から羽が開花して、真白のそれは羽ばたきと同時に羽根を落とし、その羽根が服部従八位の分身となる。

 すぐに百名が揃った。

「まず半径五キロの探索だ。それが済んだら一度分身を解け」

「はい」

 そして分身たちが散らばる。

 それからしばらくの間は安全圏ということで、土喰上八位たちは腰を落ち付かせて茶など淹れていた。

 巨木の上で土喰上八位が愛宕茶を淹れ、琴葉従五位に渡した。

「茶は嫌いか?」

「茶道は嫌いですが、茶自体が嫌いな日本人なんていませんよ」

 土喰上八位が含み笑いをする。

「なるほど。茶道は嫌いか。僕は根っからの茶坊主でな。茶道を通して人を測るような生き方をしてきたものだ。……いつの時代も、茶道が殺伐としていることには万事変わりがないようだ」

「千利休に失礼ですよ」

「彼だって茶を政治に使ったではないか」

 それに、と土喰上八位。

「僕が勧める茶は茶道の茶ではない。ただの玉露だ」

「ただの、って……。玉露は高級品ですよ」

「そうだな。だが、伝統で値を付けられただけの茶は好かん。僕は苦党なんだろうな。いや、茶菓子も食べるから甘党かもしれない。ただ、とにかくこの愛宕茶は好きだ」

 すると、近衛従八位がとん、とこちらの枝に飛び移ってきて言った。

「茶菓子なら用意してあるよん、土喰上八位」

「ああ。気が利くな、近衛従八位」

 この近衛従八位という女は蛙の様な目と口の大きさをしていた。

 先祖に蛙が混じっていたとて不思議ではない。

 琴葉従八位は堅実で実直な性格の女なので、この二人はずいぶんと性格が違っていた。

 だが、存外仲が悪いわけではないらしい。

 近衛従八位に茶菓子として饅頭を出してもらい、それを食べながら美味そうに茶をすする土喰上八位。

 他の面々も美味そうに饅頭と愛宕茶を食していた。

 土喰上八位はグループの連中に言った。

「派閥のあれこれはどうだ。なにか不満があるか」

 派閥が解体されるのは下層部の不満が溜まっている時に決まっている。

「特に不満はないねん」

 近衛従八位が言った。

「私はもっと序列をしっかりした方が良いと思います」

 そう言ったのは琴葉従八位であった。

「琴葉従八位、ゴッドファーザーの前だぞ。控えろ」

 磯場従八位が言った。

「すいません……土喰上八位」

 琴葉従八位がしょんぼりとする。

 土喰上八位が磯場従八位をいさめる。

「磯場従八位、上下の風通しは良い方が僕の好みだ」

 磯場従八位が尻尾を垂れさせる。

「申し訳ない。土喰上八位」

「いや、いいんだ。ただ、上の者を敬う以上に下の者を気遣え」

「ああ。努力する。努力するさ」

 磯場従八位がぶつぶつとつぶやいている間に、最初の笛が鳴った。

「方角は!?」

 土喰上八位が立ち上がる。

「北北西。……森の浅瀬です」

 服部従八位が言う。

 だが、

「おかしい……」

 服部従八位が言った。

「何がだ?」

 土喰上八位が問いかけた。

「笛が、一拍、のち三拍……これは――」

 服部従八位が冷や汗が流れる額を拭きつつ言った。

「――これは、死亡者を見つけた合図です」

 隊員たちは目を丸くした。

「馬鹿な! 燕尾従八位ですら仲間殺しはしないぞ!」

 磯場従八位が怒鳴った。

「わかっています! しかし、死人と遭遇した時にしかあの鳴らし方はしません!」

 服部従八位が必死に訴える。

「土喰上八位! これはどういう意図があってそんなことをしでかした! もしやまた――」

 そこで磯場従八位の言葉が止まる。

「また仲間殺しを指示したのか」

 と言いかけたのだ。

「いいや、仲間の中にただの昇任試験で殺しをする者はいない。これはおそらく――外部の何者かが絡んでいる。それも天使を殺せるほどの何者か」

 土喰上八位が最悪の状況を予想した。

「つまり……」

 磯場従八位が毛を逆立たせる。

「この樹海に悪魔が入り込んだ、ということかもしれない――」

 土喰上八位は低い声で言った。

 一方、現場の者達。

「誰か……助けて、くれ……」

 癸《みずのと》の六チームの内、二チームが血だらけで倒れていた。

「お前らさあ、ちょっと軟弱すぎねえ? 全然殺した気分になれねえよ! ああ! くそ! くっそ! もっと殺してええ!!!!」

 一人の男が黒い羽を広げた状態で、瀕死の天使たちを蹴っていた。

「止せよ、野ブタ。雑魚に当たっただけだ。食い甲斐のある奴だってその内出てくるだろ」

 野ブタと呼ばれた男が振り返る。

「伊藤、おめえの冷静さは頭にくんだよ」

 伊藤と呼ばれた男が煙草を咥えて火を点ける。

「じきにこの森は血みどろとなる。――悪魔教団の華々しい門出だ。そう不機嫌になるな」

 伊藤が言った。

 悪魔は総勢十五名。

 それらを率いるのは蒼いガスマスクをつけた、屈強な男であった。

 「蒼い巌虎」《あおいいわとら》と呼ばれていた。

「巌虎様ぁ、笛で合図しやがった奴は殺そうと首を飛ばした瞬間、ただの羽根になっちゃったのぉ」

 妙に色気のある少女が艶やかにそう報告した。

 巌虎は瞳をつむった。

「南無。我は強くならなければならない。天使たちよ。屍の階段となれ」

 

 一度分身を集合させて、状況を整理すると、一人はすでに殺されているようだった。だが、他の者がちらりとだが敵を見つけていた。

「黒い羽でした。間違いなく悪魔です」

 分身からそう情報を聞き出した土喰上八位は歯を食いしばった。

「死んだのはどこの隊のものだ?」

「腕に癸《みずのと》の文字がまかれていました。……癸の天使です」

「……哀れな」

 土喰上八位はすぐに命令を下した。

「もっと西へ移動するぞ。悪魔たちを速やかに葬り去らないとならない」

 土喰上八位は言った。

「連中とヤルのんっ? 土喰上八位」

 近衛従八位がそう尋ねてくる。

「悪魔との闘いは過酷すぎる。今はまず試験を勝ち抜くことを考えたらどうだ」

 磯場従八位も言った。

「……悪魔を見逃してライバルたちを潰させろと言うのか?」

「それは……まあ、そういう意味合いになるが」

「なるほど……。そうか。……うむ。それが良い。逃げるぞ。僕らは悪魔から逃げる」

 琴葉従八位が怖がりながら言った。

「悪魔がなぜこんな樹海に?」

 続けて言う。

「しかし、悪魔を利用してライバルを減らそうとは、あまりに無体ではありませんか?」

「琴葉従八位、これが高度に政治的判断というものだ」

 磯場従八位が言った。

「そんな……」

「少々の仲間を犠牲にしてでも、昇格するのが第一だ。――服部、今、悪魔たちとの距離は?」

「最新の情報では七キロ先です」

 服部従八位が答えた。

「一応、同窓たちの全部隊に悪魔の侵入を教えておけ」

 そこへ土喰上八位が言った。

「え、いいのですか?」

 服部従八位が言った。

「なぜだ?」

「悪魔をのさばらせるためには情報を秘匿すべきでは?」

「悪魔にもそれなりの試練を受けてもらうだけだ。全ての天使が敵対視すれば、悪魔たちとて容易に戦い抜けるものではない」

「わかりました」

 服部が分身を出発させ、全部隊へ情報を伝え始める。

 一方、甲の「キリギリス」の四兄弟は、服部から悪魔の登場を知らされるとお互いに口角を上げて片頬で笑った。

「悪魔か。いよいよ面白くなってきた」

 長兄のモクイチが言った。

「カッカッカ。土喰派閥の実力のメッキが剥がれるな」

 次男のモクニが言った。

「生半可な天使では殺されて当然だろうさ。これで恐怖する奴はたかが知れている」

 三男のモクサンが言った。

「へへへ。悪魔狩り。首級はもらおう、兄者たち」

 四男のモクヨが言った。

 ガスマスクの下でキリギリスたちが舌なめずりをする。

 悪魔を狩りに行こうと移動を始めたキリギリスへ同じ甲の部隊が声を掛けた。

「おい、キリギリス。悪魔狩りの首級は俺たちにも分け前をくれよ」

「早い者勝ちだ」

 キリギリスたちは構わず移動をする。

 後ろには甲の部隊が三つほど付いてきていた。

 と、

「ん?」

 途中でキリギリスたちが立ち止まった。

 モクイチが言う。

「誰か隠れているな……」

「誰だ!」

 モクニが叫ぶ。

 すると、巨木の裏からぞろぞろと十名ほどの天使たちが姿を現した。腕には「丁」の文字がまかれている。

「丁の班の者か……」

 キリギリスたちが警戒心を強める。

「お前たち、アイスコーヒー派だな……?」

 モクサンが言った。

 丁の手の者達が片頬で薄く笑う。

 ガスマスク越しに甲高い声で一人が言った。

「甲の手の者か。それもキリギリスがいるとはな。これは大きな首級だ」

「どけ。今から悪魔狩りに行くところだ」

 モクイチが言った。

「それは俺たちだって同じだ」

 アイスコーヒー派の幹部である豊山《ぶざん》従八位が言った。

 同じく幹部の豊洲《とよす》従八位もガスマスク越しに言う。

「悪魔の首級なんてそうそう獲れるものではない。ここは奪い合いだ」

「なんだ。ヤンのか? ああ?」

 モクヨががなった。

「見る限り、アイスコーヒー派の首領の波瀬《はぜ》従八位たちはいなそうだな。それで勝つつもりか」

「波瀬従八位がいなくとも、キリギリスごときなら勝てるさ」

「安い挑発で己を見失うような真似はしねえよ。お前たちに与えられた選択肢は二つだけ。けつまくって逃げるか、野垂れ死にするみてえに無様にやられるか。選べ」

「じゃ、三択目のキリギリスたちをぶったおすに決まりだな」

 豊山従八位が言った。

「そうか。やるのか……残念だぜ」

 キリギリスたちが羽を広げる。

 キリギリスの四兄弟の能力。それは実は全員同じである。

 「劣化作用」。

 それが能力の名前だ。

 キリギリスの羽はあらゆるものを劣化させる毒液をまき散らす。

 

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