車を走らせながら土喰上七位はガムと共に唾を窓から吐き捨てた。
「欲をかくから俺たちに目を付けられる。順当な出世を目指せばよかったものを」
土喰上七位がそうぼやき、追跡を続ける。
その運転中、土喰上七位と燕尾従七位はガムを交代に噛みつつ、つぶやいていた。
ガムは暇を紛らわすために買ったのだが、ついに最後の一個となり、二人で交代に噛んでいたのだ。
土喰上七位と燕尾従七位はこんな話をしていた。
「悪魔が悪意を発散させず生きていくことなんてできやしないんだ。必ず悪魔犯罪が多発する。しかし、管理して飼いならすとしたら目立たない集合住宅が、中でもあまり一目を集めないところが良いだろう」
土喰上七位がそう言った。
「例えば、年季の入った団地とかか」
燕尾従七位が言った。
「ああ」
土喰上七位が頷く。
そして公用車はデパートの駐車場に停まり、三人組は建物の外に歩きだした。
「近くに団地はあるか?」
「ああ。アイランド、っていう団地があるぜ」
「そこに悪魔をかくまっているのか」
「かもな」
土喰上七位が車から降りて、歩きだす。
遅れて燕尾従七位も歩きだす。
二人はならんで目深に帽子を被り、変装をしていた。
一見五十がらみの男性に見える。
そして二人はガムを噛みつつ、三人がアイランド団地へ入るのをしっかりと確認した。
「どうする――?」
燕尾従七位がガムを噛みつつ言った。
「僕らは天使。悪魔を殺す生き物だ」
土喰上七位はそう言って三人が団地から出てくるのを待った。
二時間後、重そうにバッグを持ちつつ三人が出てきた。
それをこっそりと監視している燕尾従七位がぼやく。
「あれが年貢ってか。良いご身分だぜ」
土喰上七位は腕を組んで寝ていたが、目を覚まして座ったまま伸びをして言った。
「権力と金と女が時代を動かすのはいつでも変わらないな」
「まったくだ」
そして二人が動き出す。
三人が消えてから悪魔狩りを行うつもりだったのだ。
実に三か月張り込みを続けてついにたどり着いた最初の標的であった。
「さて、何十人いるかね、その悪魔どもは」
土喰上七位がガスマスクをしながら立ち上がる。
「何百人でもいいぜ。俺は暴れられればそれでいい! へへ。血が沸く思いってやつだな」
「暴れ過ぎて死んではならないぞ」
「俺はそんな馬鹿はしない」
「だが、相手の戦力は不明だ」
「問題じゃねえ。悪魔どもを狩ることに怯えていいだなんて警察学校じゃ教えねえからなぁ!」
「まったく。山犬の様な男だな。牙には毒でも仕込んであるのか?」
「ああ。猛毒だ」
「味方としては悪くない。ふふ。――行くぞ」
ガスマスクをした土喰上七位が立ち上がる。
ふと、思い出した。
――なっちゃん……。
今から殺しに行く悪魔たちの中に「安全なところ」とやらに連れていかれた難波義和という少年がいたらどうするか。今もまだ生きているなら青年となっているはずだが、彼がいたら、自分はぶれずに彼を殺せるだろうか。
――「おい」
殺せるか。
殺せるか。
――「おい!」
いや、殺せない。
殺せやしない。
「おい!!! 土喰上七位!!!」
「っ」
はっとして燕尾従七位を見る。
「なんだ?」
「早く行かないと、日が沈むぞ」
「ああ……。もう夕暮れ時か」
「なにぼさっとしてんだ。とっとと行くぞ」
「すまない……」
そして土喰上七位と燕尾従七位は団地へ踏み込んだ。
公安五課と接触するためか、一か所に多くの人間が集まっていた。
中央広場の少し西にある広場。
そこには三百名近い人間が雑に立ったり座ったりしていた。
それを見た土喰上七位が呆れる。
「おいおい。これが全て悪魔だと言うのか?」
土喰上七位が言った。
「いいじゃねえか!! いいぜ! 殺しまくろうぜぇええ!!!」
燕尾従七位が純白の羽を大きく生やして羽ばたかせた。
その白い頸椎羽に悪魔たちがうろたえる。
「天使!?」
その動揺を利用して、さっそく燕尾上七位が「屍の城」《かばねのしろ》という羽で屍種《ししゅ》をばらまく。
その暴走作用によって自害していく悪魔たち。
それを眺めていた土喰上七位が腕を組んで嘆いた。
「やれやれ。腕白な相棒を持ったな」
そして土喰上七位も「純銀の花弁」という羽を頸椎から羽ばたかせる。
そして花弁から軍刀を作り出し、それを十字に持つと、祈りのモルモン書の清訓を読み上げつつ六枚の花弁を何百本もの槍に変形させて弾け飛ばす様に突き始めた。
「神は、神の声に聞き従うすべての人を救うために、この世に来られる。見よ、神はすべての人の苦痛、まことに男、女、子供の区別なく、アダムの家族に属する、生けるものすべての苦痛を受けられる」
そう清訓を読み上げる内に何十人という悪魔が狩られて行く。
抵抗をする悪魔もいた。
だが、殺し合いという形にすらならなかった。
虐殺でしかなかった。
所詮は金でかくまってもらうしか能のない連中である。
有象無象と言って良いだろう。
その程度の実力であれば、この数でも二人で虐殺することは容易かった。
――……。
虐殺のお時間が終わった。
数人は逃がしてしまったが、五分ほどで三百人あまりを殺した。
この後、二人は姿をくらませた。
これで公安五課がどう出るか。
……見物である。
ちなみに、若い女の悪魔が、脳をまるっきり失くしてしまったことはあまり知られていない。
もちろん、それが土喰上七位が食したためであるということも。
公安五課は公安の人間である。
当然警閥内について詳しい。
で、あれば、目撃証言から、「屍の城」と「純銀の花弁」の羽の天使が警閥内にいないか調べることも可能だろう。
そして、今後もまた同じ稼業を続けるつもりなら、邪魔なその二人を殺害しようとするはず。
土喰上七位と燕尾従七位としては公安五課が仕掛けてくるのを待てばいいわけである。
舞台は向こうが用意してくれる。
土喰上七位は平時は大名行列を従えていたが、この時期からは野花に暇を出していた。一時的な処置だ。
日曜日。
土喰上七位はバーへ出かけた。
会員制の「シニカ」というバーであった。
遅れて燕尾従七位もシニカへやってきた。
すると、それを監視していた者たちが動き始めた。
――公安五課であった。
バーで酒を飲んだふりをした二人は夜道を公園へ歩き始めた。
そこへガスマスクをした二人組が姿を現した。
土喰上七位と燕尾従七位がニヤッと口角を上げる。
「公安五課か」
二人はあの日の男女の天使であった。
「男の方が蘇我従四位。女の方が町江上五位だな?」
土喰上七位が言った。
「いいねぇ!!! 悪魔どもを狩られて責任取るために後輩を殺しに来たってか!!!? ハッハハハ!!! 笑えるぜぇ!!!」
そうはしゃぎながら燕尾従七位がガスマスクを装着する。
遅れてガスマスクを装着した土喰上七位が言う。
「どっちがどっちとヤル?」
「俺が蘇我をヤル! 戦績は蘇我の方が断然上だからな。壊し甲斐がある!」
「なら蘇我従四位は任せた。僕は町江上五位をヤル」
それを聞いていた蘇我従四位と町江上五位が、どういうわけか、せせら笑った。
「ずいぶんとはしゃぐ後輩じゃないか、町江上五位」
「可愛いじゃない。蘇我従四位」
二人は悪魔たちを虐殺した土喰上七位と燕尾従七位を前にしてもまったくもって余裕そうに構えていた。
「ねえ、坊ちゃん、あ、土喰、っていう方の坊ちゃんね。あなたが私の相手をしてくれるの?」
町江上五位がそう問いかけてきた。
「まあ、そうなるが、不満か?」
土喰上七位がそう問いかける。
「不満ていう訳じゃあないんだけどねえ……。うーん、なんというかなあ。そう。君の隣の坊ちゃん、燕尾君だっけ? どっちが強いの?」
「さあ、それはお互い知らないことだ」
「ふーん……。なるほどねえ……。なら、一応言っておくと、あなた達が持っている私達のリスト、大して当てにならないわよ」
「? リストが? どういう意味だ?」
「坊ちゃんたちはまだ知らないだろうから教えてあげるけれどね、公安の人間はどれだけ悪魔を狩ったかじゃあないのよ」
「ほう。と、言うと?」
「どれだけ『天使』を殺したか。つまり、厄介者の仲間を何人秘密裏に処分できたかで力量が決まるの。知らなかったでしょ」
「それは知らなかった。なるほど。天使殺しは慣れたもの、ということか。ふむ。存外悪くない晩餐会になりそうだ」
「晩餐会?」
「分からない訳ではないだろう? 食事という意味だ」
「? よく分からないけれど……。まあ、いっか。――じゃ、始めちゃっていい?」
「まあ落ち着け。こっちはお前の羽の能力も知っている。たしか、お前は『腐食』が羽の能力だったな?」
「ええ、そうよ」
「そうか……。うむ。そうかぁ……」
「なによ……?」
「町江上五位、残念なお知らせだ。試しにその羽で腐食の毒を飛ばしてみろ」
「……? まあ、先制していいって言うなら――!!!」
――!
町江上五位の羽が真白く伸ばして、そこから腐食の毒液がにじみ出てきて大きな波を作り、一つ毒の波を起こして土喰上七位へ殺到させた。
だが――。
「惜しいのだよなぁ……」
「!?」
町江上五位が面食らう。
見れば、銀の壁の隙間から悠々と「坊ちゃん」が糸目を見せていた。
その糸目がすっと開き、真っ黒な瞳を現す。
「銀はな、腐らないのだよ」
それをまざまざと見せられた町江上五位は――、
「――最っ高じゃない。きゃはは!!!」
笑った。
「『純銀の花弁』! 生き残りが言っていた通りの羽! 見たことが無いわ。新種の天使ね。狩り甲斐があるわぁ!! キャハ!」
それに対して土喰上七位も笑みを浮かべる。
「さすが公安か。腐っても警閥の秩序の番人。だが、そこに立志はない。立志失くして誠意もありえない。お前に味方するあらゆる害悪を、僕は消し去らなくてはならない……。そうでないと、上へ行けない。上へ行けなければなっちゃんと出会えない。……戦うのだ。僕は。僕は、戦って、天使も悪魔も平らげて、上へ行く!!! 武装天使ってのはそういうお仕事だ!!!!!」
そして軍刀を抜くと土喰上七位が腐食の毒の波へ奔り出す。
「僕を守れ!! 純銀!!!!」
花弁の一枚が壁となってくれる。
「だあっっ!!!!」
二度目の波を突き抜ける。
だがそれだけで終わらず、波が土喰上七位を中心にして集合してきて、上下左右から覆い尽くそうとしてくる。
「『腐球』《ふきゅう》!!!!」
町江上五位がそう叫んで毒の水塊で土喰上七位を覆ってしまう。
だが、土喰上七位は、それを、
「『銀幕』」
と三枚の花弁で球体の防護壁を作り防ぐ。そして、
「『銀爆』!!!!」
残り三枚の花弁で爆発するように銀の壁を弾けさせる。
「腐球」を破壊された町江上五位が、
「ひゃーひひひ!!!」
と狂気の笑顔を浮かべる。
「そういうところが甘ちゃんなのよ、土喰ぇ!!!!」
町江上五位が毒液を羽から超高速回転するランスに形作って土喰上七位へ打ち込む。
「腐槍……一重《ひとえ》ぇ!!!!」
「うっ、ぐっっ!」
余りの勢いに土喰上七位の銀の壁が削られて行く。
「銀壁――一重《ひとえ》ぇ!!!!」
土喰上七位が叫ぶ。
「腐槍二重ぇええええ!!!!!」
町江上五位がさらにもう一本腐槍を突き入れる。
激突する銀の壁と超高速流体の槍。
「銀壁……二重ぇえぇええええ!!!!」
土喰上七位が花弁を二枚も使って壁を押し返そうとする。
土喰上七位はまだ純銀の花弁を自在に扱えるわけではなかった。
一枚の強度を上げて壁にするだけでも集中する必要があったし、二枚目以降はひどく全身に疲労が溜まる。
それでも、彼は、町江上五位と叫ぶ。
「土喰ぇえええええええええ!!!!」
「男の子には……――意地ってもんが、あるんだぁぁあああああああ!!!!!」
二人が激突し、町江上五位が叫ぶ。
「腐槍三重ぇえええええええ!!!!」
――。
吹き飛ばされる土喰上七位。
木に激突して血を吐く。
気絶したくても右腕の骨折の痛みで気絶できなかった。
ぼやける視界に散った純銀のかけらが見える。
ふと、笑いが込み上げてきた。
「なるほど、なるほど……」
町江上五位が歩み寄ってくる。
土喰上七位が立ち上がる。
「なるほど。なるほどな」
町江上五位が羽から腐食毒の軍刀を構える。
土喰上七位も純銀の軍刀を構える。
「なるほどな」
「なにがなるほど、なの?」
「本当に純粋な力勝負で、負けるのが、上七位と上五位の差か、とね」
「そりゃそうでしょ」
「でも――」
土喰上七位がニヤリと笑む。
「無茶をするのも男の子の特権だ」
土喰上七位が再び純銀の羽を生み出していく。
「よしなさいよ。超過労働よ」
「それが……天使のお仕事だ」
土喰上七位が町江上五位へ軍刀を振り下ろす。
しかし、簡単に毒槍で止められてしまう。
だが――。
「純銀刀――二重」
軍刀が花弁を二枚被り重くなる。そこにさらに力が籠められる。
「ど、毒槍、二重!」
「純銀刀――三重」
「毒槍三重!!!!」
「純銀刀四重!」
「ど、毒そ――」
「純銀刀、五重!!!」
「な、なんなんのよ、あんた、腕折れているのよ!?」
町江上五位が叫ぶ。
「毒槍――六重!!!」
だがそれに被せて土喰上七位が叫ぶ。
「純銀刀――全開花ぁあああああああああ!!!!」
それに町江上五位が気圧される。
「折れた腕で、折れた腕で、何だ、貴様ああああああああ!!!!」
「天使とは、勝つことを義務付けられた、唯一の存在。僕が天使だぁああああああああ!!!!」
「土喰ぇぇぇえええええええええ!!!!!」
「町江ええええええええええええええええええええ!!!!」
そして二人は全面衝突し、――町江が倒れた。頭がひしゃげていた。死んでいる。
「……葉巻吸いてえ――」
土喰は片手でなんとか葉巻をくわえて火を点け、相棒の方を見た。
燕尾従七位は蘇我従四位と向かい合い、蘇我従四位が舌なめずりをしていた。
もちろんガスマスクで見えないが。
「蘇我従四位。羽の能力は『風穴』だったか」
燕尾従七位が純白の羽を頸椎から生やして、言った。