いない者

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作画:chole(黄泉子)

 


 

霊感少女・黄泉子
とりゃっ。 あははっ。 黄泉子(よみこ)だよ。

今回の話は、戦争をしてた頃のエピソードみたいだよ。

古い時代の村の話なんだって。

もうこの時点で、怖い雰囲気あるねっ。

 

これは、28ノベルだけで読むことができる怖い話です。2ちゃんねるのコピーではありません。

 

私の祖母が子供だった頃…まだ日本が戦争をしていた頃の話です。

当時祖母は、まだ10歳にも満たない子供でした。東京に住んでいましたが、戦況の悪化を鑑みて曾祖母が知り合いの実家がある東北に祖母を疎開させました。

山に囲まれた小さな村で、子供の目から見ても閉鎖的な村だったと言います。幸いなことに、曾祖母の知り合いの実家というのが、村ではそこそこ裕福な部類に入る家だったらしく、村人から邪険にされたりいじめられるようなことは無かったと言っていました。

祖母が身を寄せた家は、家の中で一番権力のあるおじさんとその妻のおばさん。おじさんの母であるおばあさん。あと祖母より少し年上の男の子と女の子が住んでいました。祖母は女の子(Aちゃん)とすぐに仲良くなりました。

祖母は毎日、家の仕事や農作業を手伝い、お昼ご飯を食べた後はAちゃんと家の周りで遊びました。

次第に村人の顔を覚えるようになりましたが、ある日見慣れない男を見かけました。

歳は20歳前後で、小柄ながらも日焼けしていました。しかし表情は暗く、誰かと話したり祖母やAちゃんに声を掛ける事もありません。

家の門の前でAちゃんと遊んでいると、その男は鍬を持ってのそのそと歩いてきました。

見慣れない顔だと思いましたが、祖母は男を見上げて「こんにちは」と一声かけました。しかし、男は祖母の姿など見えないかのように無視し、家の裏手の方へと姿を消していきました。

「あの人、誰?」

祖母がAちゃんに声を掛けると、Aちゃんは遊んでいた手を止めて

「え?今誰か通った?」

そう言いました。

祖母は違和感を覚えました。今確かに、あの日焼けした男が目の前を通って行った…Aちゃんも確実に見ていたはずなのに。

あの鍬(くわ)持った人、おじさんの知り合いなの?と改めて聞くと、Aちゃんはしばし考えて首を振り

「知らない。あたし、知らない」

と言い放ちました。祖母は、Aちゃんがムキになっているように見えました。

その日の夜、家の者たちで夕飯を食べました。戦争中なのでおかずは寂しいものでしたが、都会よりもずっと量が多かったと言っていました。

大根ご飯を食べている時に何気なく窓の外へと目を向けると、夜の闇の中に人の姿をうっすらと捉えました。

昼に見たあの男が、庭にぼうっと立っていたのです。

日焼けした顔に浮かぶ大きな目に射抜かれて、祖母はあっと声をあげました。

おじさんとおばさんは、どうしたの?と声を掛けます。祖母は昼間Aちゃんに尋ねた事と同じ事を質問しました。

そしたら、おじさんもおばさんもすぅっと顔から表情を消して、怖いくらいの無表情で言いました。

「うちには、私たち家族以外誰もいませんよ」

あの時はAちゃんがムキになりましたが、今度は祖母がムキになって言い返しました。

「嘘よ。だってほら、お庭に男の人が立っているもの」

男はまだ立っていました。おばあちゃんは箸を止めて庭を一瞥し、

「いないよ。誰もいないじゃないの。何を言っているんだろうね、この子は」

家の者には、あの男が見えていないのだろうか…しかし祖母の目には確かに映っていました。どこか怒ったような口調で言うおじさんたちに、祖母は聞いてはいけない事を聞いてしまったのだろうかと委縮し、黙って食べる事に集中しました。

その日以降も、祖母は村の中や家の中で男の姿を見かけました。しかし、男は誰とも会話をせず、誰からも話しかけられる事がありませんでした。

まるで本当に存在していないかのように…

もしかしたら、あの人は幽霊で私以外見えていないのかもしれない……

男を見るたび、祖母はそんな考えがよぎりました。

1945年の8月が過ぎ、日本は敗戦国となり、祖母は東京の実家に戻ることになりました。

お母ちゃんに会えるという興奮で汽車に乗る前夜はなかなか寝付けず、真夜中に家人に見つからないように庭に出ました。

すると、庭の真ん中にあの男が立っていたのです。

生気を感じない虚ろな目に射抜かれ、祖母はひっと悲鳴をあげました。しかし男はただ静かに祖母の方へと歩みより、ボロ布で作った小さな人形を手渡してきました。

そしてたった一言…

「げんきで…」

聞き取りにくい、老人のように枯れた声でした。男はそれだけ言って家の裏手へと音も無く去っていきました。

 

あの男は何者だったのだろう。祖母は長年その疑問をずっと抱いていましたが、それが分かったのは70年代に入ってからです。

かつてあの村には、間引きのような風習がありました。間引きは生まれた子供を殺すことですが、あの村では殺すことなく2人目や3人目に生まれた子供は名前を付けず日常生活では「いない者」として扱い、ただの労働力として扱うという風習があったのです。

誰とも会話せず、誰とも目を合わせることが無かったのは、そこに存在しない者として村人や家族から扱われていたからでした。

あの男は、声を掛けてくれた余所者の祖母に何かを感じたのでしょう。だからあの人形をこしらえて持たせたのかもしれません。

しかし祖母は言います。あの男が本当にそういった立場の人間だったのかは分からない。

「だってね。あの家の裏手にはお墓があったんだもの…」

あの村に行って男のことを尋ねても、きっと誰も知らないでしょう。

生者だったのか、死者だったのかもあやふやなままです。

 

霊感少女・黄泉子
うっ、本当にありそうな話だね。

何かを隠してる雰囲気もあるし。

昔の村の不気味さっていうのかな、人の怖さを感じたよ……

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作品は著作権で保護されています。

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