作画:chole(黄泉子)
私の高校時代の先輩で、育児ブログを運営している人がいます。
小さい子供がいる主婦は、外の世界と接する機会が非常に少ないと言う現実があり、そういった主婦たちにとってSNSやブログというものは、外界と接触(といってもネットを通じたものになりますが…)できる唯一の手段です。
バリバリのキャリアウーマンだった先輩は、SNSやブログに対して昔は否定的でした。
そんなもので構築する人間関係なんて、ロクなもんじゃない。
口癖のようにそう言っていましたが、妊娠し仕事を辞めてから、人が変わったように日々の生活やお腹の中の赤ちゃんのことなどをブログで発信するようになりました。
それは子供が生まれてからも続きます。子供の昼寝の回数、沐浴の仕方、母乳育児について、夜泣き対策、名前の由来、おむつのメーカー、お手製ベビーグッズ…離乳食が始まってからは「今日のAくんのまんま」と題してこだわりの離乳食を掲載していました。
分かりやすいほどの子持ちママの育児ブログです。
いわゆる「お花畑状態」というやつなのかもしれません。
可愛い我が子を多くの人に見てもらいたい…私も子供を持つ母親なので、そういった気持ちは分からなくもないですが、先輩のように育児ブログをやる気にはなれませんでした。
先輩とは同じ年齢の子供を持つ母親同士ということもあり、毎日更新されるブログを私も何となく見ていました。
ある日、そのブログに変化が訪れました。先輩の子供が10ヵ月の時です。
その日に更新された記事に、子供の顔出し写真が掲載されていたのです。今まで載せられていた写真は、離乳食や自分で作ったベビーグッズ…子供の写真は、せいぜい後姿くらいでした。
それがばっちり全身が写っているものを載せていました。
満面の笑顔で積み木を持つ10ヵ月児…先輩を知る人なら、お母さん似だと分かる顔です。
そのブログを見て、私は驚きを隠せませんでした。
今のご時世、子供の写真をネット上に掲載することがいかに危険かというのは、子供を持たない人でも分かることです。
SNSでも、掲載されている写真からその人が勤めている職場や住んでいる場所が特定されて、炎上するケースは珍しくありません。
子供の写真ともなれば、事件に巻き込まれる危険性は高まります。
いくら我が子可愛さで…とは言っても限度がありますので、その日のうちに先輩に電話をし、ブログの写真について話をしました。
「先輩、ブログ見たんですが…さすがに子供の写真を顔出しで載せるのは、危ないんじゃないですか?」
「え?そうかな?大丈夫よ、みんなやってるよ。有名ブロガーのGさんや、イクメンパパブロガーのSさんだって子供の写真載せてるもの」
「でも、不特定多数の人に顔を晒すことになるんですよ?何かあってからじゃ遅いし…」
「あんたは昔から心配性ね。恥ずかしい話だけど、私のブログのPVなんて、たかが知れてるのよ。そんな弱小育児ブログの子供の写真なんて、誰も気に留めないわよ。平気だってば!」
歳を食っても後輩という立場もあり、それ以上強く言えませんでした。
その日から、先輩のブログには子供の写真が増えて行きました。お出掛けした時の洋服や、公園で遊んでいる様子、ファミレスでお子様ランチを食べている姿、癇癪を起して泣いている顔まで…
これは不味いだろう…と思っていた時に、事件は起きました。
先輩の子供も私の息子も1歳半になった時のことです。
どうしても実家に帰らないといけない事情があるということで、先輩の子供を2日間預かることになりました。
日中ずっと家にこもっているのも辛いので、1歳半の2人を連れて近所のショッピングモールまで出掛けました。
その日は平日でしたので、人も少なく、私と同じような子持ちママばかりでした。
息子を抱っこ紐にくくり付け、先輩の子供をベビーカーに乗せてモール内をウロウロ散策していると、普段は感じないような違和感を覚えました。
2階の婦人服売り場をうろついている時も、3階のフードコートで食事をしている時も…同じ人が必ず視界に入っているのです。
30代後半くらいの女性でした。
ただ視界に入るだけなら良いのです。不気味だったのは、彼女の視線が私…いえ、子供達に向いていたことでした。
どこに行っても、何かと目に付く…偶然にしては出来過ぎています。私と子供たちの後をつけているとしか思えないほどでした。
思い切ってこちらから声を掛ける…私にはとても出来ません。子供達に何かあったら遅いのです。
どこまで行ってもこちらを見て来る女の視線に耐えかねて、ショッピングモールから出て行こうと思った時、向こうから声を掛けてきました。
「あ、あの。ちょっといいですか?」
思った以上に声のかけ方は普通です。まるで街頭アンケートをお願いするような、そんな言い方でした。
なんでしょうか?と反射的に応えると、彼女は抱っこ紐に収まっている息子とベビーカーに乗っている先輩の子供を交互に見遣って言いました。
「そちらのベビーカーの子、ブログに出てたAくんですよね?可愛いですね!いつもブログ見てますよ」
一瞬、言葉を失いました。
彼女が言っているのは、あの先輩の育児ブログ…それに載っている写真を見て、私が連れていた子供をAくんと特定した…
「このお洋服、ブログで書いていたものですよね?昨日はハンバーグを食べてましたね?いつものてんとう虫のおもちゃは今日も持ってるんですか?」
矢継ぎ早に質問される内容は、あまりにも細かすぎるものばかりで、なぜそこまでこの子について知っているんだろうと背筋に冷たいものが走りました。
質問に答えることも出来ず、ただ彼女を見つめるばかりでしたが、彼女の目に得体の知れない気味の悪さを覚えました。
Aくんを見つめる女の眼差しは、ただのブログのファンとは思えないAくんへの執着心のようなものがありました。
「おうちは、この辺りなんですか?よくここには来るんですか?」
これ以上一緒にいるのは危険だ…この女は関わってはいけない部類の人間だ。
本能的にそう思った私は、何も答えずに足早にショッピングモールを出て行きました。
その日の夕方、Aくんを迎えに来た先輩にショッピングモールでの出来事を話ました。
「ブログを見てこの子がAくんだと特定したんですよ。今の世の中、子供が犯罪に巻き込まれる可能性もあるんですから、ブログに顔を載せるのはやめたらどうですか?」
「考え過ぎよ。彼女はただのブログのファンってだけ。うちの子がちょっとだけ有名になったってだけだから」
先輩は笑っていましたが、私はどうも嫌な予感がして、それ以降Aくんを預かることもブログを見ることもしませんでした。
それから数か月後…先輩は実家のある隣県へと引っ越していきました。
電話で話をしましたが、先輩のブログがネット上の一部で炎上し、面白がった人たちが自宅にやってきたり、勝手にAくんの写真を撮ってネットに載せていたりしていたようです。
悪戯に耐えられなくなった先輩一家は、Aくんへの被害を恐れて家を手放して引っ越しを決意しました。
これに懲りて先輩はブログを削除しましたが、一度ネットに上げられた写真は消えることはありません。
Aくんの写真は永遠にネットの海に漂い、拡散されていくのでしょう…
彼が成長し、それを見る日が来るかもしれません…
育児ブログには、くれぐれもご注意を……
リアルな怖さがすごいよぅ。
それもそのはず。
この話は実話らしいよっ。
ブログって、一時期すごく流行ったよね。
おいらも、ブロガーデビューしちゃおうかなっ。