作画:chole(黄泉子)
修学旅行って学生のうちに三回行くでしょ?小学校と中学校と高校。
修学旅行って正直言ってあんまり良い思い出無いんですよ。班決めで揉めたり、移動が長すぎて疲れたり、同じ班の女子がわがままで喧嘩になったり……。
行った土地はどこもすごく良くて素晴らしかったのは覚えてんですけどね。修学旅行じゃなくて大人になってから行きたかったなって。
まあ、それはどうでも良いんだけどさ。
とにかく俺にとって修学旅行はさんざんだったわけですよ。中でも高校の修学旅行は、忘れられないくらいよく覚えてますね。
最後に泊まった旅館……名前は覚えてないんだけど、あの旅館のせいで俺は旅館が苦手になったんですよ。
俺が行ってた学校の修学旅行は、毎年同じ旅館やホテルに泊まっていた。だから部活の先輩たちから、どんなところだったかとか、飯は美味かったかとかある程度の話は聞けてたんだ。
でも最終日の旅館は、改装工事をするとかで毎年使ってたところは泊まれなかった。そのため、俺の年だけ他の旅館に泊まることになった。
その旅館は、江戸時代から続いているという老舗旅館で、3階建てで客室数はそこそこという感じだった。よくまあ高校の修学旅行を受け入れたもんだ。
一般客は少なかったものの、俺たちは他の客と会わないように3階のフロアを貸切状態にして泊めてもらった。
部屋割りは班ごと。6人で1部屋使う。学校では大して話さない奴らだったけど、修学旅行の班で一緒になって仲良くなった連中だったから、同じ部屋でも苦ではなかった。
旅館に到着したのは夕方くらいだったと思う。部屋に入って一番最初に思ったのは、思ったより広いということだ。
窓側は小さなテーブルと椅子が置かれ、積み木のようなブロックの玩具がテーブルの上に置かれていた。古いホテルや旅館に行くとよく見るやつだ。
当然ながら掛軸や壺や生け花、灰皿なんてものは無い。修学旅行の高校生を泊める部屋だから、撤去されたのだろう。
座布団も机も無い、ただ畳がありテレビやポットといった最低限の設備があるだけの空間。広く感じたのはそのせいだろう。
部屋に入ってすぐ、俺たちは窓際に荷物を置いた。
あー疲れたな!と言いながら、畳の上に寝そべる。だが一人だけ、部屋に入って来ない奴がいた。アキラという少し大人しい奴だ。
「アキラ、どうした?具合でも悪い?」
「いや、そうじゃなくて…なんか変じゃない?この部屋…」
アキラの言葉に、俺たちの頭に疑問符が浮かんだ。変…?どこが変だと言うのだろう。
班のリーダー、ヒロキが胡座をかいて言った。
「まぁ、ただの和室だしな。普通の旅館と比べたら何もないし、そのせいで違和感あるんじゃね?」
「うーん…部屋の造りとか見た目というか…そうじゃなくて、なんだろう。空気がちょっと変な感じがするっていうか…」
何とも煮え切らない態度だ。修学旅行中に知ったことだが、アキラは物静かであまり自己主張をしない。そんなアキラがこんな風に言うのは珍しいことだ。
ただ思っただけなら、わざわざ口に出さないだろう。何とかして伝えようとしているということは、それほどの違和感を覚えたということだ。
「大丈夫か?お前疲れてんじゃないか?」
「そうかな…うん、そうなのかも。ごめんね、変なこと言って」
アキラは苦笑いをして、無理やり話を打ち切った。
夕飯またバイキングかな、とか適当な話をして会話の流れを変えようとしている。
みんなは他愛ない話で盛り上がっていたけど、俺はアキラの様子が少し気になっていた。
あいつ、ずっと壁の方を気にしていたから……。
夕飯は大広間でバイキングだった。修学旅行あるあるだよな。どこ行ってもそうだった。でもここのバイキングは品数こそ少なかったが、味は格別だったよ。
最終日というだけあって、先生たちも少し気を緩めてた。ビールや地酒飲んだりしててさ。ただ、消灯時間の話だけは真面目にしていたよ。
22時になったら電気消して静かに寝てろって。下の階に宿泊している客の迷惑になるから、盛り上がって騒いでたら叩き出すって脅されたな。
まぁ、俺たちも連日のバス移動と観光で疲れてたから、最終日くらいはしっかり眠ろうと思った。
夕飯の後、風呂に入り、布団が敷かれた部屋でダラダラしたり荷物整理をしていたら、あっという間に22時になった。
先生が部屋を見回りに来て「オラ、さっさと布団に入れ」と言ってきた。
俺たちはブーブー言いながら布団に潜り込んだ。
壁に足を向けて寝るように敷かれた布団。俺はアキラとヒロキに挟まれるような位置だった。
真っ暗な部屋の中、全員布団を被ったまま小声で会話をする。
内容はくだらないものだ。好きなアイドルやアニメの話。嫌いな先生についてゲラゲラ笑ったり。多感な男子高校生らしい下世話な話もした。これが一番盛り上がった。
だがアキラだけは、愛想笑いを浮かべながら、小さく頷いて聞いているだけだった。前日もその前の日も、もう少し会話に参加していたのに。どうも心ここに有らずという感じだ。
そうこうしているうちに、一人また一人と脱落者が出始めた。睡魔には勝てないらしい。
6人中3人が夢の世界に行ってしまったため、俺もヒロキも寝ることにした。
起きていたアキラが小さく言った。
「二人とも、寝るの?」
「うん。もう遅いしさ。先生も見回りに来るだろうし。そろそろ寝よう」
「そっか…みんな疲れてるもんね」
「アキラは元気だなぁ。でも寝られる時に寝ておけよ。明日は移動でさらに疲れるぞ」
ヒロキが笑いながら言ったが、俺にはアキラが元気なようには見えなかった。
元気が有り余って眠れないと言うよりも、眠りたくないという雰囲気を醸し出していたのだ。
お前大丈夫か?と声をかける前に、アキラは「そうだね、おやすみなさい」と言って背を向けてしまった。
隣のヒロキも、間延びした声でおやすみと言い、部屋の中は寝息が聞こえるだけの静かな空間へと早変りした。
目を瞑ると自然と睡魔が襲ってきて、俺もまた眠りについてしまった。
どのくらい眠っていたか分からないが、俺は夜中に目が覚めた。
体にちょっとした感触を覚えたからだ。
足首の辺りを、誰かが布団の上から叩いているのだ。
トン、トン、トン……
寝相の悪いヒロキが俺のところまで侵入してきたか?と思い、ヒロキが寝ている方へ顔を向けた。
だが、ヒロキは自分の布団の中に収まり、両手を広げて静かに寝息を立てていた。
気のせいだったかな…?また目を閉じて眠ろうとした。
トン、トン、トン…
まただ。壁に向けられた足首を、布団の上から叩いている。
アキラの方を見ても、相変わらず俺に背を向けて眠っている。じゃあ他の奴がいたずらをしているのか?とも考えたが、体を起こして周りを見ても、みんな布団で眠っている…。
誰も触っていないなら、俺が感じたあの感触は、一体なんなんだ…?
ふと、壁の方へと顔を向けた。何にも無い和室の壁があるだけだった…なのに、見ているだけで、ぞわり…と首筋が粟立った。
気にしないで寝てしまえ、俺は疲れてるんだ。自分に言い聞かせ、布団に潜り込んだ。頭まですっぽり布団に覆われて、俺の呼吸音がやたら大きく聞こえる。
トン…トン…
布団の上から、誰かが俺の足を叩いている。
優しく、柔らかく、ゆっくりと……
まるでお母さんが子供を寝付かせる時のような手付きだ。
いたずらなんかじゃない…!
この部屋で寝ている誰かが、起き上がって、俺に触っているわけじゃない…!
トン…トン…トン…
トン…トン…トン…トン…
叩く手は足首から次第に上へ上へと上がって来る。腰の辺りまで来た時、俺はこっそり布団から頭を出した。
誰が…いや、“何が”俺に触れているのか見てやろうと思ったからだ。
だが最初に目に飛び込んで来たのは、怯えたようなアキラの顔だった。
こちらを向いたアキラの顔は、可哀想なくらい蒼白かった。俺と目が合うと、アキラはゆっくり首を横に振った。
“やめろ、見るな…見ちゃ駄目だ…”
そう言っているようだった。
だが、触れる手はゆっくりと、確実に、上がって来る。
耐えきれず、俺は壁の方へと顔を向けた…
暗がりに、蒼白く細い手が浮かんでいた…
手“だけ”が、優しく俺の布団を叩いていた……
トン…トン…トン…
トン…トン…トン…
翌朝、俺は朝食の席でこっそりアキラと話した。
あの夜、アキラもまた妙な違和感を覚えて目を覚ましたらしい。
「正直言うと、あの部屋に入った時から壁の方に変な感じがしたんだ。あ、誰かいるな…って。でもそんなことハッキリ言っていいか分からなかったし、自分でも何なのかよく分からなかったから困ってたんだよね…」
アキラには霊感があるのだろうか。
あの部屋で俺の布団を叩いていた手の正体は、今も分からない。
唯一確かなことは、あの修学旅行以来、俺は壁に布団やベッドをつけて眠れなくなったということだ。
嫌だよ。怖い思い出の修学旅行なんてっ。
次:幽霊タクシー
修学旅行って小中高と三回行くけど、三回とも最大のビッグイベントだよね。
今回はその修学旅行にまつわる怖い話みたいだよ。