前:隠れ鬼
作画:chole(黄泉子)
近年、高齢者の孤独死に関する報道が増えたような気がします。介護施設に入ることが困難な今の時代、孤独死というものは非常に現実味のある身近な社会問題と言えるでしょう。
僕のアルバイト先のパートさんは、大学生のお子さんがいる女性(A子さん)ですが、お父さんが高齢者で一人暮らしをしていました。
数年前にA子さんのお母さんが癌で亡くなった際に、A子さんがお父さんと同居しようと提案したのですが、旦那さんの反対とお父さん自身が嫌がったため、A子さんの実家に一人暮らしをしていたそうです。
お父さんが一人暮らしを始めた当初は、自分の身の回りのこともしっかりと出来ており、車を運転して趣味の釣りや日帰り旅行を楽しめる健康状態でした。
A子さんも月に2回ほど様子を見に行っていたといいます。
しかし、年齢を重ねるにつれてお父さんの記憶力は怪しくなっていき、足腰も弱くなっていきました。
「これはいよいよ、介護施設に入れることも考えなければいけない」
A子さんは実の父親を施設に入れるという、苦渋の決断をしました。
ところが、市内の介護施設はどこも空きがなく、またお父さんくらいの健康状態や認知症の度合いだと入所が困難という現実がありました。
そうしている間にも、お父さんの認知症は日々ひどくなっていきました。
毎晩夜になるとお父さんから電話がかかって来るのだそうです。
「Aちゃん、今度な、父ちゃんが遊園地連れてってやるからな」
「孫のBちゃんはもうハイハイできるようになったか?」
「最近お母ちゃんとしゃべってないけど、そっちに行っていないかい?」
A子さんを子供の頃の愛称で呼び、お孫さんのことをまだ赤ちゃんだと思っている…そして妻が死んだことも時に曖昧になっている。
こんな電話が来るたびに、A子さんは一人泣いていたそうです。
夏休みシーズンになり、僕のアルバイト先は繁忙期を迎えました。繁忙期になると僕のような大学生アルバイトだけでなく、パートさんも休むことが難しくなります。
A子さんはお父さんの介護や施設探しをこの期間だけ中断し、連日仕事をしていました。A子さんのスマホには、仕事している日中でもお父さんからの着信がたくさん入っていました。
夕方の休憩中にお父さんから電話がかかってきて、A子さんは僕がいる目の前でお父さんと話していました。電話の向こうのお父さんの声は僕にも聞こえました。
電話を終えたA子さんは大きくため息をついて、
「明日は休みだし、お父さんのところに行かなくちゃ…」
と言っていました。
翌日の夕方。職場にA子さんから電話がかかってきました。店長に代わってくれと言われましたが、たまたま居なかったので伝言を受け取りました。
お父さんが家の中で亡くなっていたそうです。
「色々とやる事がありますので、しばらくお休みをください」
とA子さんは泣きじゃくりながら言いました。
秋も半ばに入った頃、A子さんは復帰して来ました。A子さんは僕に、お父さんのことを話してくれました。
お父さんは病院で亡くなったわけではなく、家の居間で倒れて亡くなっていました。死因ははっきり聞きませんでしたが、自殺や他殺ではなく脳梗塞のような突然死だろうと思います。
「夏の暑い時期だったから、私が見に行った時にはもう腐敗が進んでいてね、家中すごい臭いだったの。状況が状況だったから警察も呼んでね…死後一週間は経っているって言われたわ」
それは辛いですね…と言おうとして、ふと思いました。
あの時期、毎日のようにお父さんはA子さんに電話していました。A子さんが家に行く前日も、お父さんは電話しています。僕もそれは聞いていました。
しかし、お父さんは死後一週間経っていた…
あの電話は、一体だれがかけていたんでしょうか。今はもう知るすべはありません。
ちょっとゾッとしたっ……。
前:隠れ鬼
人生の最期が独りぼっちって、やっぱり寂しいのかな。
今日は、そんな孤独死のお話だよ。