前:おゆらいさん
作画:chole(黄泉子)
数年前、マイホームを購入しました。
就職し結婚し子供が生まれ、そしてマイホーム…30歳前にして理想的な人生を歩んでいると思っていました。
評判の良いハウスメーカーで作った注文住宅は、豪華ではないけれど粗末すぎもしない、年収500万の僕にはちょうど良いものでした。
3500万も住宅ローンを組んだのですから、これからもっと仕事に打ち込まなければと、僕の心は明るい未来に満ち溢れていました。
新築住宅は2階建てで、1階にはリビングとダイニング、ささやかな和室があります。2階は3部屋だけで、子供部屋と夫婦の寝室を作りました。
夫婦の寝室と言ってもまだ子供が1歳未満ですので、妻は1階の和室で子供と一緒に寝起きをし、僕だけが夫婦の寝室で寝ています。
引っ越してきた当日からこのような寝方になっており、寂しい気持ちはありますが子供が一人で眠れるようになるまでは仕方ない事だと我慢しています。
新居に引っ越してきてから1か月ほど経った頃、夕飯の席で妻が「あのね…」と切り出しました。
「なんだか、床下が変なの」
どこの床下?と聞くと、和室の床下だと言います。
「なんかね、音がするの。夜になると、コンコンって鳴っているような気がするよ」
何を言っているのだろうと思いました。
例えばこれが古い日本家屋なら、床下に空間があるので犬や猫が入り込んで音がしているのだと考えられますが、我が家は最近建ったばかりの新築住宅です。当然床下に日本家屋のような空間などありません。
「そんなはずないよ、気のせいだよ」
明るく僕が言うと、妻は「そうね、きっとそうよね」と自分に言い聞かせるように呟きました。
しかしそれから数日後にも、妻はまた床下からの音について話してきました。
「やっぱり音がするの。コンコンとか、カリカリとか…なんだか変よ」
前よりも音が増え、しかもそれは和室の床だけでなくリビングからも聞こえるのだと言います。
夢のマイホームだというのに、そんなはずはないと僕は頑なに否定しました。それでも食い下がる妻に少しイライラして、
「そんなことあるわけないだろ。まさか欠陥住宅だとでも言うのか?」
と言い返してしまいました。疲れた表情の妻は違うと首を振ります。
「そうじゃないのよ。本当に音がするの。なんか変なのよ」
娘の癇癪が始まった頃でしたので、育児の疲れが出ているのだろうと思っていました。今夜は一緒に1階で寝て欲しいと懇願するので、僕は妻の希望通り1階で眠る事にしました。
22時に妻と僕は布団に入りましたが、いつもと違う環境のため僕は上手く寝付けずにいました。
布団をかぶってスマホをいじっているとあっという間に日付が変わってしまいました。
真っ暗な家の中に聞こえて来るのは、妻と子供の寝息ばかりです。
(ほら見ろ。やっぱり音なんてしないじゃないか…)
そう思っていた時、不意に小さな音が耳に入ってきました。
コンコン、コンコン……
板を叩くような、小さな音でした。僕がびくりと体を震わせ妻の方を見ると、妻が目を覚ましていました。強張った顔でゆっくりと頷き、スマホを消して耳を澄ませていると、音はさらに聞こえて来ます。
コン、コン……カリカリ、カリカリカリカリ……っ
僕と妻は体を起こし、辺りを見渡しました。音は部屋の中から聞こえてきているのではありません。
この1階の床下から響いて来ているのです。
妻は和室の、僕はリビングの床に耳を押し付けてみました。
ガリガリガリ…!ギギギギギギ…!ゴンゴンゴンゴン……!
先ほどよりも激しい音が耳に飛び込んできて、僕はひぃ!と悲鳴を上げて床から離れました。
まるで何かが、動き回りながら床下を叩き、爪を立てて引っ掻いているような異常な音でした。
これは、動物ではない…
僕は妻と子供と一緒に急いで2階に駆け上がり、朝までじっと押し黙っていました。
翌日、僕は会社を休んで家を建てた時に世話になった工務店に連絡し、住宅の点検を依頼しましたが、床下に潜りこむような隙間は無く、そんな音がするなんてありえないと言われておしまいでした。
しかし、その後も1階で眠ると酷い音に悩まされるようになり、家族3人で2階で寝るようになりました。
そうすれば安心だと考えていましたが、つい最近、夜中に階段を上がって来るような足音が聞こえて来ます。
僕の夢のマイホームには、僕たち以外の「誰か」がいるようです……
こんなのが続いたら、精神的に参っちゃいそう。
でも、高いお金出して買っちゃったら引っ越しもできないもんねっ……。
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今日は。家を購入した男性のお話だよ。
新居に引っ越すのってワクワクするんだろうなっ。