作画:chole(黄泉子)
若い頃、ヘルス嬢をしていました。店舗一体型のマンヘル、ホテル派遣型のホテヘル、お客様のご自宅へ派遣されるデリヘルとありますが、私の勤めていた地域ではマンヘルはほぼ絶滅しており、ホテヘルばかりになっていました。
事務所兼受付のすぐ近くにホテル街がありましたので、まずお客様に先にホテルへ行ってもらい、部屋に入ってから私たちヘルス嬢がお客様の部屋に行くという方法を取っていました。
ホテル街のホテルはどこもそこそこ良いグレードでしたが、一か所だけどこの店の嬢からも毛嫌いされているところがありました。
そのホテルはホテル街から少し奥まった場所にあり、この辺りの風俗店によく通っている人でなければ行かないようなところです。
受付のある歓楽街から少し離れているというのも嬢から嫌がられる点ではありますが、何より嫌がられたのは、このホテルが自殺…正確には心中自殺の名所だったからです。
メンヘラカップルの自殺、不倫関係にあった男女の心中、薬物に溺れた若い男女の事故死、そして客の自殺に巻き込まれた風俗嬢の不幸な話…
このホテルには、本当かどうか分からない様々な話が囁かれていました。子供のころの「学校の七不思議」のようなものかと思っていました。しかし、実際に行って見ると七不思議とは違う生々しい恐怖がありました。
私が風俗嬢になって1年ほど経ったころに、よく私を指名してくれたNさんというお客様がいました。このお客様は少し変わった方で、裸になってプレイを楽しむよりも、色んなホテルに行って室内の写真を撮るのがお好きな人でした。
ある日、Nさんはいつものように私を指名してくれました。電話で受付の男性店員に「●●ホテル、■号室です」と伝えられますが、ホテルの名前を聞いて愕然としました。
あの噂のホテルに行かなきゃいけないなんて…と。
男性店員から「お気をつけて…」と気の毒そうに見送られたのをよく覚えています。
しかし、実際に行って見たら非常に凝った内装でこの周辺のホテルの中ではかなり良い方ではないかと感じました。
部屋に入っても、広いベッドや高級感のある浴槽、豊富な入浴剤と風俗嬢が喜ぶものばかりです。
私はNさんと室内の撮影に夢中になっていました。曰くつきの場所だとお互いに知っていましたが、想像以上に良い雰囲気だったので、気分が盛り上がっていたのです。
Nさんは持参したミラーレスカメラで室内を色んな角度から撮影しました。
ところが、しばらくしてお互いに気分が悪くなってきました。呼吸がしづらくなってきたのです。
酸素が薄くて気持ち悪い…というよりも、何かで首をぎゅう…っと絞め上げられているような、なんとも首に負担のかかる息苦しさです。
部屋のどこにいても同じ息苦しさがあります。
何かがおかしい…。私もNさんもベッドに腰を下ろし、言葉少なくなりながらそう感じていました。
やがてNさんが天井に目を向けました。天井は今時珍しい鏡張りだったのです。それを見上げて、Nさんは「ひぃ!」と悲鳴を上げて顔を青くしました。
反射的に私も見上げそうになりましたが、絶対に見てはいけないような気がして背筋を震わせて顔を覆い、携帯電話から受付に電話しました。もうこのホテルから出た方が良いと思ったからです。
受付の男性店員はすぐにホテルに迎えに来てくれて、私もNさんもホテルから無事に出ることが出来ました。
しかし、Nさんは顔を真っ青にして無言のままでした。
それから2か月ほど経った頃、やっとNさんが店に来て私を指名してくれました。
私はNさんに、あのホテルの天井で何があったのか聞いてみました。Nさんはミラーレスカメラを取り出し、私に見せてきました。
「この女が僕を見ていた」
カメラの画面に映った画像を見て、私は「はぁっ」と大きく息を呑みました。
その画面には、あのホテルの玄関とベッドルームを繋ぐドアが映っていました。それだけでなく、そのドアノブでストールを使って首を吊る若い女の姿も…。
青白い顔でこの世のすべてを恨むような眼差しをしていました。
「僕が見上げたら、べったりと天井に張り付いて僕を見ていたんだ…」
Nさんはぶるりと体を震わせました。
私たちが味わった息苦しさは、彼女の苦しみの一部だったのでしょうか。
そのホテルは、その地域の風俗店のほとんどから利用NGにされてしまい、今は潰れてカラオケ店になっています。
でも、繁盛しているようには見えません。
怖いことが起きちゃいそうだもんねっ。
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人が寝泊まりする場所って、怖い話が多いよね。
なんでなんだろう。
念みたいなのが、溜まっていくのかな……