前:穴の向こう
作画:chole(黄泉子)
社会人になったばかりの頃、僕はA子という女性と交際していました。
出会いが無いと嘆いていた僕に、大学時代の先輩が「俺の後輩を紹介してやる」と紹介してくれたのがA子でした。
A子は西日本出身で、ペット用品を扱う会社の事務員をしていました。小柄で可愛らしい外見ですが、とてもしっかり者で金銭面や家事などには厳しい一面も持っていました。お母さんが厳しい人だったのか、それとも一人暮らしをしているせいなのか…。
そして、A子は無類の猫好きでした。雑種でも血統書付きでも関係なく、この世のすべての猫が愛おしくてたまらない!というくらいの猫好きです。
スマートフォンの中にある動画や画像、小物類、洋服、弁当箱などの雑貨類…猫、猫、猫。
僕も昔実家で猫を飼っていたので、そういったところでも彼女と話が合ったのですが、僕の目から見てもA子の猫好きは少し行き過ぎている気がしました。
当然ながら、彼女は一人暮らしにも関わらず猫を飼っていました。名前はマル。アメリカンショートヘアの女の子です。A子はマルを文字通り娘のように可愛がって愛情を注いでいました。
「ずうっと一緒にいたい」としょっちゅう口にしていました。
しかし、僕はマルには一度も会ったことがありません。なぜなら、僕はA子と恋人同士だったにも関わらず、一度も彼女の部屋に呼ばれたことが無かったのです。デートはもっぱら外か、僕の狭いアパートばかりでした。
「たまにはA子の家に行きたいな。マルに僕のこと紹介してよ」
何度かそうやって水を向けたことがあります。
「それはちょっと……ごめんね。マルは人見知りだし、私も人を家にあげるのが苦手だから……」
大抵はそんな感じで曖昧に断られます。
「もしかして、部屋が散らかっててゴミ屋敷になってるとか?」
「違うよ、ちゃんと片付けてるよ」
最近よくメディアにも取り上げられる、片付けられない女……というやつかな、とも思いました。
彼女はたまに、ちょっと嫌な臭いがする時がありましたので。
A子と付き合いだして1年ほど経ったころ、マルが事故で死んでしまいました。この時のA子の落ち込みようは酷いものでした。
彼女は有給休暇を取って数日間会社を休み、毎晩僕に泣きながら電話をしてきました。
そしてある日の夜、会社を出たところでA子から電話がありました。
「マンションまで来て、お願い」
これまでずっと部屋にあげてくれなかったのに、どうしたんだろうと不思議に思いましたが、きっとマルを失ったショックが大きすぎてそばに誰かいて欲しいのだろうと勝手に解釈し、僕は車を走らせてA子のマンションまで行きました。
A子は泣き腫らした目をして僕を出迎えてくれました。初めて足を踏み入れた彼女の部屋は、案の定猫グッズで溢れていましたが、女の子らしい部屋ではありました。臭いを除いて。
部屋に入った瞬間、時折A子から臭っていた嫌な臭いが鼻についたのです。猫の臭いとは違う、もっと不快なものです。
血生臭い、腐敗臭……死臭。
「来てくれてありがとう。ちょっと手伝ってほしくて。他の人には頼めないから……」
嫌な予感がしました。彼女はそう言って、一人暮らしにしては少し大きい冷蔵庫の冷凍室を開けました。
そこには、透明ビニール袋に入った猫が冷凍されていたのです。しかも、よく見ると一匹だけではありません。何匹もビニール袋に小分けにされて冷凍室に入れられています。
僕は驚きと恐怖で声を失いました。
「もうスペースが無くなって来たから整理しないといけないの。お風呂にマルがいるから連れて来てくれる?」
マルがいる?どういうことだ?僕は恐る恐る風呂場に行き、中を覗きました。
そこには、解体されビニール袋に入れられたマルがいました。部屋に充満する何とも嫌な臭いの正体はこれだったのか……
思わずその場で昼間食べたものをすべて吐き出し、A子に「なんだよこれは!」と怒鳴りつけました。
「今まで飼ってた子、埋めたり火葬するなんて出来なくて。冷凍なら保管できるし。たまに空きが無いと整理するために解体はするけど……ずっと一緒にいたいんだもん、仕方ないでしょ?」
僕は怖くなり、マンションから逃げ出しました。その後A子とは一切連絡を取っていません。紹介してくれた先輩からは色々聞かれたりもしましたが、まさか死んだ愛猫を解体して冷凍保存していたから別れたなんて言えず、適当にごまかしました。
最近になり先輩から、A子が今どうしているかを聞きました。彼女は転職し地方の戸建て賃貸で複数の猫と暮らしているそうです。先輩が訪ねたら、庭に大きな業務用冷凍庫が置いてあったそうです。
きっとその冷凍庫は愛しい猫でいっぱいなのでしょう。ずっと一緒にいるために……
家族だからね、一緒にいたいよね。
でも、この話は不気味だよ……。
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