前:氷の中に
作画:chole(黄泉子)
僕には弟がいました。いや、正確には弟になるはずでした。
僕が6歳の頃に母が妊娠しました。当時母はまだ働いていたのですが、身重の体でずいぶん無理をしてしまい、妊娠5か月で流産してしまったのです。
もしかしたら妹だったかもしれない…けど、僕はずっと弟だと思い込んでいます。弟がほしかったという願望から、そう思い込んでいるとも言えますが、「生まれて来るはずだった子は男の子だったに違いない」という妙な確信があるのです。
流産してしまってからの母は、自分のせいで子供が流れた…と自分を責めて、毎年水子供養を欠かしませんでした。母は赤いよだれ掛けをつけた赤ん坊のような地蔵の前で、毎回涙を流して泣いていました。
この流産で母は精神的に弱ってしまい、うつ病になってしまいました。僕の父はうつ病などの精神的な病に理解を示さない人だったようで、僕が中学に上がったと同時に両親は離婚しました。
僕は祖父母に預けられて育てられ、大学進学を考える頃に母が病気で亡くなりました。
離婚したばかりの頃は、母ともよく会っていたのですが、母のうつ病が悪化してしまい会うのを少し控えていました。もっと会っておけばよかったとも考えましたが、会ったところで回復するわけでもありません。
母が亡くなる前によく会っていたのが、母の古い友人Aさんです。彼女は何度もお見舞いに来てくれていたようで、通夜の時に生前の母の様子を語ってくれました。
しかしそれは、微笑ましい思い出話とは言えないものでした。
「あの人ね、昔流産してるでしょ?さぞかし辛かっただろうと、私も心が痛くなったんだけどね…ただ、ここ半年間くらいはちょっと変なことを言うようになっていたのよ。元々うつ病が悪化して気持ちが沈みがちだったのもあると思うけど、それにしては変な感じがしたわ」
Aさんは「あなたは長男だし、知っておいた方がいいかもしれないね」と前置きして、生前の母の様子を語ってくれました。
「彼女、体の調子が悪い時も毎年水子供養には行っていたのよ。私も付き添ったことがあるわ。去年の夏にも行っていたんだけど、その帰りに腕が痛い、足が痛いって言い始めたの。関節痛か何かかと思ったんだけど、引っ張られている感じがするって…。こう、なんて言えばいいのかしらねぇ。誰かに腕を掴まれて、ぐいっぐいっと引っ張られている感じだって言っていたわ。でもそれも、歩いているうちに治まって来て一安心したんだけど、それからよ。ちょっと変になったのは…」
お茶で口を湿らせて、Aさんはさらに続けました。
「それから1か月くらいして、あなたのお母さんから電話がかかってきたの。どうしたの?って聞くと、家中から赤ちゃんの泣き声がするって言うのよ。ご近所から聞こえて来るんじゃなくて、自宅の中から、おぎゃあ…おぎゃあ…って、泣いてる声が聞こえるんですって。あなたの気のせいよって励まして、その時は終わったんだけど…段々言うことがエスカレートしていったのよ。布団で寝ていたら、隣に赤ちゃんがいたとか、ハイハイして追いかけて来るとか…彼女それから体を悪くしてね、入院したは良いけど、見る見るうちに衰弱して亡くなってしまったわ」
Aさんの話は、にわかに信じられないものでした。気が触れてしまった母の話というよりも、ただの怪談話にも聞こえる話でしたので、僕にとってはホラー映画のあらすじを聞いているような違和感があったのです。
僕の気持ちを察して、Aさんは「信じられないわよねぇ、分かるわ」と苦笑いをしました。
「まあ、とにかくあなたのお母さんは生前そんな様子だったのよ。あなたに兄弟を作ってやれなかったことを、ずっと悔いていたんでしょうね。たまにでいいから、あなたも水子のお参りに行ってみてちょうだいね。もうあなたくらいしか、お参りに行ってあげられる人がいないんだから…」
確かにそうです。父は離婚する前から水子供養などに興味を示さない人でしたので、今後お参りできるのは僕だけでしょう。
僕は大学1年の夏休みにでも、水子供養に行こうと決めました。
大学に入学して初めての夏休み。僕は母の通夜で決めた通り弟の眠る水子寺に足を運びました。
子供のころは母とよくお参りに来ていましたので、かれこれ10年ぶりくらいです。小さな赤いよだれ掛けをつけた水子地蔵の前には、赤ちゃん用のお菓子やおもちゃ、教育テレビの人気キャラクターのぬいぐるみが並んでいました。
赤ちゃん用品店でビスケットと車のおもちゃを買っておいたので、それらと一緒に火をつけたお線香を置いて両手を合わせます。
「お母さんもそっちに行ったから、寂しくないよな」
お兄ちゃん、また来るからね。独り言のように呟いて、地蔵に背を向けて帰ろうと歩き出しました。
その時、シャツの裾をひかれるような奇妙な力を感じました。何かに服が引っかかったのかと思い振り返ると、何の異常もありません。
おかしいなぁと思いながらも歩き出すと、やはり後ろに引っ張られるような何かを感じます。
ぐい…っ、ぐい…っ
それは衣服だけでなく、腕や足首、髪にも感じました。力は次第に強くなっていき、腕の痛みは、爪が食い込んでいるような鋭い痛みでした。
帰るなと、誰かが訴えているような…そんな強い力を感じました。
これが、母が生前に感じたというものか…
Aさんが語ってくれた話を思い出し、僕の体はぞくりと寒くなりました。ここにいてはいけない。本能的にそう感じて、痛みと引っ張る“何か”を無理やり振り払うように駆け出しました。
駆けに駆けて、水子寺を出て大通りまで出たころには、もうあの違和感は綺麗に消えていました。
しかし、左腕を見て見ると小さな小さな手の痕が、くっきりと鬱血して残っていました。
それはどう見ても、1歳にも満たない赤ん坊の手の大きさでした…
あの体験をしてしまってから、僕は水子供養に行けなくなってしまいました。また来るからね、と言ったにも関わらずです。
やがて僕は結婚し、2人の娘に恵まれました。
仕事も忙しく、娘たちも動き回るようになって毎日が慌ただしくなると、水子供養のこともすっかり忘れてしまっていました。
ある晩のこと、娘たちに就寝前の絵本を読んでいると、上の娘が僕にこう言いました。
「ねえ、パパ。パパの近くに赤ちゃんがいるけど、その子だれ?」
赤ちゃん…僕はさっと血の気が引いたような寒気を感じました。
僕の近くにずっといる赤ちゃん…それは間違いなく、弟になるはずだった子でしょう…。
僕のことを見守っているのか、お参りに来いと諫めに来たのか、もしくはお迎えに来たのか…
今年の夏は、あの子のお参りに行こうと思います。
あの世に連れていかれそうな響きで、ゾッとしたよッ。
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今日は水子の話みたいだよ。
怖い話でよく聞くよね。『水子の霊が憑いてます』みたいなこと。
霊に憑りつかれるの、おいらはいやだな……