前:小学校の卒業文集
作画:chole(黄泉子)
新卒で入った会社は出張が多いところでした。僕は営業職で入社したので、ひと月のうちほとんどは関西や東北に日帰り出張に行かされていました。新幹線も高速道路もありますからね、昔と違って日帰りでも充分行けちゃうんですよ。
ですが、関西だけは場所と案件によっては一泊二日の出張になりました。そういう時の宿は自分で決められるのですが、あるビジネスホテルで奇妙な体験をしました。
それは急遽出張が決まった時のことです。「明日行ってこい」というような感じでしたので、ホテルを選ぶ余裕はありません。連休前でほとんどのホテルが満室だったこともあり、仕方なく駅から離れた古い安ホテルを取りました。
当日、仕事を終えて適当な居酒屋で一杯引っ掛けてからホテルにチェックインしました。
そのホテルは3階建ての狭いホテルで、食堂すらありません。日本がバブルを迎える前からあったそうですから、相当年代物だと思います。古いけど従業員の対応は非常に丁寧で、気持ちの良いものでした。
鍵を渡された際に、「お客様あてに来客などがありましたら、フロントからお部屋にお電話致します。もしお部屋に誰か訪ねてきても、ドアを開けたりはしないようお願い致します」と妙な注意をされました。
「なぜですか?」と問いかけると「用心のためですから」と苦笑いで返されました。
なんだか変だなと思いながらも3階の部屋に行き、シャワーを浴びて持ち込んだ缶ビールとつまみで晩酌をしましたが、仕事の疲れがどっと押し寄せて来て、缶ビールを半分以上残したまま眠りについてしまいました。
本来ならこのまま朝までぐっすり、となることでしょう。あいにく、僕は夜中にドアを叩く音で目を覚ましました。
コンコン、コンコン……
古いドアをノックする音がします。
僕は頭がはっきりしないまま起き上がりました。誰だろう。
「どちらさまですか?」と言いたくても、部屋の乾燥がひどくて喉がカサカサだったため声が出ませんでした。
コンコン……
まだ叩いています。
「おねがいします。あけてください」
声がしました。僕はその声に、なぜかゾクリと寒気を覚えたのです。
男とも女とも言えない、高く感情の無い声でした。
『もしお部屋に誰か訪ねてきても、ドアを開けたりはしないようお願い致します』
という従業員からの注意を思い出し、僕は声を押し殺しました。
まだ、ドアは叩かれています。声も語り掛けてきます。やがてその音も声も強くなっていきました。
「おねがいです、あけてください。おねがいします、あけてください。あけてあけてあけてあけて」
ドンドン、ドンドンッ……
怖い…。僕は反射的に布団をかぶって目を閉じました。生まれて初めて神に祈り、いつの間にか音も声も聞こえなくなりました。
翌朝、チャックアウトの時にフロントに昨夜の出来事を話すと、従業員はまたも苦笑いを浮かべました。
「他のお客様が部屋を間違えたのかもしれませんね」
果たしてそうだろうか。僕はそう思いフロントから去ろうとすると、従業員同士の囁き声が聞こえてきました。
「お祓い、全然効いてないねぇ。まだいるんだね…」
僕の部屋に来たものがどんなものかはわかりません。
ただひとつ言える事は、祓っても祓っても駄目だったもの…ということくらいです。
そのビジネスホテルはまだ営業しています。
今度あなたが泊まるホテルは、大丈夫かな?
もし部屋をノックされても、気軽に開けない方がいいかもしれないよ……。
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今日の怖い話の主人公は、会社員の男性。彼が、どんな恐怖体験しちゃうのか、一緒に観てこうね。