前:ぴよちゃん
作画:chole(黄泉子)
美容師をやって数年になります。美容師は客商売ですので、おかしなお客さんや困ったお客さんは付き物です。そのせいか、少し奇妙な人に出会っても然程動じません。
ですが、僕の美容師人生において「これ以上の変人は絶対に現れないだろうな」という人がいました。
あれは、僕が美容院に勤め始めてすぐくらいの頃でした。美容院で髪を切ってて見た事のある光景だと思いますが、カットした髪をほうきで掃いて、それはすべてゴミ箱に捨てられます。一日分の髪の毛はすべてゴミ袋に入れられて、閉店した後にゴミ捨て場に捨ててから帰ります。
この当時は、僕を含めて3名ほどの新人スタッフが夜の〆作業をして、ゴミ捨てまでやってから帰っていました。
しかしある日の朝、ゴミ捨て場に捨てられた当店のゴミ袋が開いていて、中身が散乱していたと苦情が入れられました。ゴミ捨て場の中も外も髪の毛だらけになっていたようです。
僕も他の新人も店長に注意をされましたが、ちょっと妙に思えました。
ゴミ捨て場でゴミが荒らされるというのは、基本的に生ごみを漁りに来たカラスなどによるものです。僕たちが毎日捨てているゴミは、生ごみのようなものはほぼ入っていません。入っていたとしても、みかんの皮くらいでしょうか。僕たちの出しているゴミの中身は髪の毛ばかりなのです。カラスが髪の毛を食べるとは思えませんでした。
ゴミが荒らされるのは一回だけでなく、それ以来何度も似たようなことがありました。さすがに気持ち悪いと思った店長は男性美容師だけで夜中のゴミ捨て場を張り込もうと提案しました。店の男性陣は賛成し、それぞれ仮眠を取りながら髪の毛を捨てたゴミ捨て場を張り込みました。
すると深夜2時過ぎに、鞄を持った中年男性がゴミ袋を開いて中の髪の毛を漁り始めました。比較的綺麗な髪の毛を選んで鞄に詰め込んでいる様に、僕たちは生理的嫌悪感を抱きました。
髪の感触を手で確かめ、指で髪をすくっては顔に近付け、大きく鼻から息を吸い込んでいます。切断した髪の臭いでうっとりと光悦したような表情を浮かべる男に、僕たちは何の行動も起こせずにいました。
そして男は、短く黒い髪の毛を手に取ると、鞄ではなく口の中に放り込んだのです。まるでヤギが草を食むように、黒い髪の毛を興奮した様子で咀嚼していました。
「ちょっと、声かけて注意するのが怖くて無理だわ……」
その夜見張りをしていた男性美容師たちは口々にそう言って、髪を食べる異常な男に底知れぬ気持ち悪さを覚えていました。
結局警察に届ける事もせず、ゴミ捨て場に「ゴミへの悪戯が多いため監視カメラを設置しました。悪戯した人は警察に通報します」という張り紙をし様子を見る事になりましたが、思った以上にすんなりとゴミ漁りはなくなりました。
しかし、時折美容院の様子を道路の向こうからじっと見つめて来る中年男を、よく目撃するようになりました。
髪食べ男のことを少し忘れかけていた頃、店に近所に住む女子高生がカットをしに来ました。日本人らしい長く美しい黒髪の少女でした。ロングなので毛先だけのカットかなと思っていたら、バッサリとショートカットにしてほしいと言われました。
あぁ、なんてもったいない!と叫びたくなりました。ですが、お客様のご希望に反対するわけにはいきませんので、ご希望通り流行の若手女優風のショートカットに仕上げました。
バッサリと切った髪の毛をほうきで掃こうとすると、彼女は待ってくださいと言いました。
「私の髪の毛、この袋に入れて下さい」
そう言って彼女は、ポケットからスーパーの袋を取り出して広げました。なんだか嫌な予感がして、恐る恐る問いかけました。
それ、どうするんですか…?と。
彼女は苦笑いをして答えます。
「うちのお父さん。髪の毛が大好きなんです」
あぁ、あの人の娘だったのか…。
あの中年男が実の娘の髪の毛を、光悦とした表情で食む姿を想像し、僕はゾクリと腹の底から悪寒を感じました。
僕が今までの人生で出会った一番怖い異常な人は、その中年男と、父親のために髪の毛を持ち帰る娘の二人ですね。
ある意味、再利用なのかな。
で、でも。 想像しただけで不気味だよっ。
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今回は、美容室のお話みたいだよ。
おいらも、そろそろ美容室行かないとなー。