前:猫好きの女
作画:chole(黄泉子)
私の祖父は東北の田舎に住んでいます。その田舎町では、祖父が若い頃(ちょうど太平洋戦争の真っ只中になります)、一時期ではありますが、亡くなった人を土葬していたようなのです。
元々は火葬をしていましたが、火葬するにも燃やすものが不足してしまっていて、よっぽどのことが無い限りは土葬にしていました。祖父の話では、後にも先にもその時期だけで、戦争が終わってからは火葬をしていたと言います。
祖父が14歳の頃の話です。
ほとんどの男達は戦争に行ってしまい、集落の中に残っているのは女子供と老人たちばかりでした。そんな中で14歳の男子だった祖父は、子供扱いはされず、力仕事などによく駆り出されていました。
亡くなった人を入れる墓穴を掘るのも、祖父の仕事の一つでした。
そんなにしょっちゅう人が死んでいたわけではありませんが、薬や食料の不足もあり、乳児や老人はちょっとした体調不良から悪化して、そのまま亡くなることが少なくありませんでした。特に多かったのは、赤ちゃんや幼児でした。
赤ちゃんが亡くなると、棺ではなく蓋のついた籠に遺体を入れて、深く穴を掘って埋葬します。祖父は何度か、赤ちゃんの埋葬を手伝ったことがあると言っていました。
ある秋のこと。祖父は町の顔役と葬式を請け負った僧侶と一緒に、栄養失調で亡くなったという赤ちゃんの埋葬を行なっていました。
赤ちゃんの母親はショックで寝込んでおり、葬式にも顔を出しませんでした。
寂しい埋葬ですが、いつ空襲警報がなるとも知れませんので、少人数で手早くやってしまう必要がありました。
顔役から渡された籠はとても小さく、祖父が両手で抱えられるほどの大きさと重さでした。
祖父の掘った穴は1mにも満たないものでしたが、大人の遺体ではないのでそのくらいの墓穴でも充分すぎるものでした。
「今度生まれてくるときは、美味いもんいっぱい食うんだぞ」
年老いた顔役がそう言って、祖父に墓穴の中に籠を置くように促しました。
祖父は冷たく湿った土の中に籠を置き、上から土を被せようとスコップを取りました。その瞬間…
んぎゃあ…んぎゃあ…
かすかに、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきました。それは祖父だけでなく、顔役や僧侶の耳にも入っているようでした。
3人は顔を見合わせ、急いで籠の蓋を開けました…息を吹き返したのかもしれない!と一縷の望みを持って…。
しかし、籠の中には白い着物で包まれた、痩せ細った赤ちゃんの遺体があるだけでした。
「おかしい、確かに泣いていた…」
「遠くで泣いている赤ん坊と間違えたか?」
「いんやぁ…ここから集落までは遠い。いくら元気な赤ん坊でも、こんなとこまで聞こえるくらいの声は出せねぇべ」
おかしいな、おかしいな…と3人で訝しんでいましたが、日が落ちてきたので、急いで終わらせようと作業に戻りました。スコップで土を上から被せていく中で、祖父は籠が少しだけ、もぞ…もぞ…と動いた様な、そんな気がしたと言います。
その秋の出来事は、祖父と顔役と僧侶の間で暗黙の秘密となりました。
物騒なご時世です。要らぬことを言って混乱を招き、集団ヒステリーのような状況にあっては収集がつきません。
しかし祖父は、あの赤ん坊の泣き声がしたことをずっと気にしていました。
あの赤ん坊は本当に死んでいたのだろうか…もしかしたら生き埋めにしてしまったのか…いやいや、そんなはずはない…
様々な考えがよぎりましたが、考えないように日々を過ごしていました。
そして冬になるころ、同じ集落に住む老婆が肺炎をこじらせて亡くなりました。80歳近い年齢だったので、いつ空爆されて死ぬかも分からない時代では大往生だと集落の人々からは言われていました。
小さくなった老婆の遺体は、昔ながらの盥(たらい)を深くしたような棺に入れられ、集落の外れに埋められることになりました。
祖父も葬式や埋葬の手伝いに駆り出され、2日間は忙しく働いたといいます。
これから埋葬に行くという時、人々は集まり僧侶が広場で経を読み上げました。皆が頭を垂れて僧侶の読み上げる般若心境に耳を傾けている傍ら、祖父はなんとなく棺に目を向けました。
その時…
どんっ…どん…っ
棺の内側から、叩くような音がかすかに聞こえて来ました。
祖父ははっと息を呑み、さらに耳を澄ませると…
うぅ…うぅぅ……
と、呻き声が聞こえて来たのです。
「い、生きてる!まだ生きてる!声がするぞ!」
無意識のうちに祖父は大声で叫びました。すると僅かに集落に残っていた若衆が棺に駆け寄り、工具を持って来させて棺をこじ開けました。
中を覗き込むと、蒼白い顔をして死後硬直した老婆がその場に座っていました。棺に入れられた時と同じ姿勢の老婆の姿に、祖父は愕然とし、
「本当だ!本当に声がしたんだ!棺を叩く音が聞こえて来たんだ!」
と声を張り上げて訴えましたが、場をかき乱す子供の戯言だと処理されてしまい、そのまま老婆は集落の外れに埋葬されてしまいました。
僧侶や顔役に訴えても、お前は秋に埋葬した赤ん坊のことを思い出して錯乱しているだけだと言われてしまい、誰も祖父の言葉を信用してくれませんでした。
その後、日本は敗戦国になり戦争は終結しました。
火葬できる設備も整ったため、これまで土葬した遺体も掘り起こしてすべて火葬しようと決められました。これは単純に衛生面を考慮してのことでしょうが、遺族への配慮もあったのだと思います。
祖父は棺を掘り出す作業を手伝い、かつて自分が埋葬した赤ん坊や老婆の棺も穴の中から掘り起こしました。
しかしその棺は、蓋をしっかりと釘で打ち付けたはずなのに、外れかかっていたのだとか…。赤ん坊の棺はただの籠だったので、蓋が緩むのは分かりますが、老婆の棺は木製です。緩むにしても限度があります。
その時一緒に作業していた若衆たちは訝しんで、老婆の入った棺の蓋を開けて中を改めました。
その棺の中の老婆は、腐敗することなくただ蒼白い顔で眠っているだけのような、綺麗な遺体でした。
そして赤ん坊の遺体も、眠っているだけのような安らかさが健在だったといいます。
そして祖父が驚いたのは、どちらの遺体も納められた時とは違う姿勢だったということです。
まるで中でもぞもぞと動いたかのような…そんな不自然さがありました。
しかもそれは、赤ん坊や老婆の遺体だけでなく、他の土葬された遺体にも見られました。
祖父も若衆も気味悪くなり、その日のうちに遺体はすべて火葬されました。
老いた祖父は、その時のことをこのように語っていました。
「今みたいなちゃんとした火葬場なんて無かったもんだから、薪や燃料を使って長いこと燃やしていた。火の番をしていたが、その時、遺体が動いたような気がしたんだ…。ただ腕が上がったとかそんなんじゃない。頭を振って、口を大きく開けて俺を炎の中から見てた。まるで炎の熱に苦しむかのように…。あれは一体なんだったんだろうなぁ。ただの幻にしては、あまりにも気味が悪い…」
怖いし、後味悪いよっ。
前:猫好きの女
現代は、人が亡くなったら火葬だけど、昔は土葬もしてたみたいだね。
おいらの勝手なイメージだけど、土葬はちょっと怖い感じするよ。